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□bifrostT
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私が配置されたのは次列一・伝達。
比較的前方で索敵班に近い位置、割と危険な位置だ。

しかしそれは勿論、普通に壁外遠征に行くならば、の話だ。
私の記憶が正しければ右翼側から女型の巨人が多数の巨人を率いてくる。
左翼側に当たる次列一・伝達は比較的安全な配置になるだろう。
団長の位置する指揮に近いというのも心強い。

平和ボケしていたトロスト区戦のときの私とは違う。
今回は前もって記憶を掘り起こして来たのだ。
この記憶はきっと私がこれから生き延びていく上で役に立つ。

トロスト区戦のときの失態を、情けない自分が脳裏を掠め、思わず顔を顰めた。

気のせいか、同期の中でも訓練兵団卒業時の成績が良かった兵の方がよりエレンの近く、後方に配置されているような気がした。
それを鑑みると、私のこの位置は妥当なのかもしれない。
悔しさと歯痒さと生き延びたいという願望と、色々な感情が綯交ぜになってぐるぐると気持ち悪く上半身を渦巻いて、思わず唇を噛み締めた。
感情をぶつけるように、ギッと前方を睨みつけるように見据えることで、なんとか感情を紛らわせようと試みた。
今の私にできることといえばその程度だった。





旧市街地を抜け援護班の支援がなくなった頃。
徐々に道沿いに立ち並ぶ建造物が疎らになってきていた。
そろそろ頃合いだろう。

早く。
早く展開しなければ。
一刻も早く索敵班に守ってもらわなければ。

いつ巨人に襲われるともしれない恐怖から、指先は冷えドクドクと血流がこめかみを叩きつける。
カチカチと噛み合わなくなりかけていた奥歯を、ギチリ、と噛み締めた。

「長距離索敵陣形!!展開!!」

団長の号令を受け、一斉に騎馬が散っていく。
私も自分がつくべき位置、次列一・伝達へと馬を走らせた。

少しずつ騎馬同士の間隔や進行方向、速度などが整ってくる。
兵を展開し終えたのだろう、同じように皆で進んでいく。

それから程なくして、右翼索敵班の方角から赤い煙弾が上がるのがうっすら確認できた。
すぐに指揮へと伝わった煙弾によって進行方向が指示される。
赤い煙弾なんてなかったみたいに緑の煙弾で埋め尽くされた。
私も後方の兵に伝えるため緑の煙弾を撃つ。
今度は、トロスト区戦のときみたいに手元が震えてカチャカチャと意味のない金属音を生み出すようなことは無かった。
それでもなんだか手元がふわふわして力加減が妙に頼りなくて、信煙弾を落っことしてしまいそうで、そそくさと銃をしまった。

でもやっぱり、私はトロスト区戦のときに比べて強くなっている。
肉体面もそうだし、きっと精神面だってそうだ。
手元が震えなくなったんだ、前よりきっともっと色んなことができる。
危機回避だって、一人でできるかもしれない。
私は順調に強くなっていってる。
大丈夫だ、たとえこの調査兵団にいたって、私は生きていける。
なんとかできる。
ゆくゆくは、ベルトルトやライナー達とも上手くやっていけるんだ。
このまま少しずつ積み重ねていけば、きっとできる。
私は成長しているんだ。

ほくほくと、じわじわと、胸の内に広がってくる自信、満足感が私の口角を上方向へと歪ませる。
静かな愉悦に浸りながら、廃屋の傍を駆け抜けた。
ふと視界の端に気になるものが写り込んで、視界を後方へと流れていくそれに釣られる様に視線が流れた。
ほんの数瞬目が合ったそれ。
私が呆然としたまま廃屋を通り過ぎた直後、何かを破壊するような激しい破壊音を立てて私の背後に出てきたあと、地面にへばりつく様にして追いかけてきた。

巨人だ

物凄い足音と砂煙を巻き上げながら追いかけてくる。
自分が狙われていると本能的に感じ取ってしまい、ヒッ、と喉を引き痙らせるような声が出た。

食われる

食われる
追いかけてきてる

追いつかれる
どうして

これはサシャだ
私じゃない

これはサシャが対峙する巨人だ
私が追いかけられるはずじゃない

怖い

怖い

振り向いちゃ駄目だ
追いつかれる

怖い

恐怖と緊張に駆られて何が何だか分からなくなってくる。
ふるふると小刻みに震える視線が強烈な引力に引っ張られるみたいに後ろへと向いた。

すぐ後ろまで巨人が迫っている。

駄目だ
食われる

死にたくない

左手の母指球辺りに下の前歯が軽く当たった。

「ナマエ!こっちだ!」

班長の声にハッと我に返る。
両手で手綱をしっかりと握り直し、声の聞こえた方へと引っ張った。
上手い具合に巨人を引き付けてくれた班長は、そのまま近くの建物へと誘導し、置き去りにする。

蜃気楼の向こうから聞こえてくるみたいにぼんやりと、あいつは燃料切れだ、という声を聞いた気がした。



巨人の驚異から逃れ、配置に戻って淡々と馬を走らせる。
ぼんやりとしたままの頭で、空を仰いだ。

逃げなければ

あのとき、左手を噛みちぎろうとしたとき強烈に頭を支配していた言葉。
呆然とその言葉を反芻する。

今日の空は、鳥が飛んでいない。
カラッカラに乾いているくせに荒廃しきった灰色な空が広がっている。

巨鳥化して、私は一体、どこに逃げるつもりだったのだろうか。

そんな自問を、自答するわけでもなく、ただぼんやりと頭を巡らせた。


 
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