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□bifrostT
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「おい、ナマエ、クリスタがどの辺に行ったか知らないか?」

「え、見てないけど」

チッ、役に立たねえな、と小声でユミルが舌打ちをした。
酷い扱いだなあ…と少しショックを受けながらも、枝から落ちないように足元に神経を集中させた。
気を紛らわせるみたいに上を見上げる。
ここはいわゆる巨大樹の森で、空を隠すみたいに視界いっぱいに樹木の枝葉が広がっている。
これだけすごい森だと夏場は蝉がすごく煩いんじゃないかなあ、なんて考えたが、この世界の気候だと蝉は住み着いていないだろう。
その代わり、毛虫なんかはウジャウジャいるかもしれない。
ゾッとして思わず背後の幹を確認してしまった。

私にクリスタの所在を聞いたあとベルトルトにも、ベルトルさんは?、と聞いていたが、彼も知らないようで、ユミルは手持ち無沙汰に辺りを見回していた。
森の奥から連続して大砲の大きな発砲音が轟いている。
ユミルがクリスタを心配しているよりもずっと、ベルトルトはアニのことを心配しているんだろうな、と思って窺うように彼の方を見遣った。
顔色の悪い不安そうな表情の彼と数メートルの距離越しに目が合う。
目が合うとは思っていなかったので少し驚いた。
彼やユミルは成績もよくて目立つけど、私はまさにモブといった表現がしっくりくるような地味さ加減だからだ。
せいぜい、ジャンの彼女という認識程度だろう。
私の方が少し奥の上方の枝に立っているため、やや彼に見上げられる形になる。
私が今の状況を知っているせいでそう見えるのかもしれないが、ほんの少し冷や汗をかいていそうに見えて、気の毒に思える。
お互いに視線を逸らすでもなく、なんとなく気まずくて口を開いた。

「音、すごいね」

「…ああ、うん」

「大丈夫かな」

「…さあ、どうだろう」

核心を突くような話をするのはなんとなく戸惑われて当たり障りのない会話をしようとするものの、元々ベルトルトとはあまり接点が無かったためすぐに会話が終了してしまう。
すぐに再び気まずい沈黙が訪れた。

どうしようこうしよう、何か話題はないかとあれこれ思考を巡らせていると、ふいに下方からペキペキ、と木材の軋む音が聞こえてきた。
スッと胸の内に冷気が通った感覚がして怖々下の方を確認してみると、嫌な予感は当たったようで案の定巨人が木登りを始めていた。
思わず顔は引き攣り下顎はガクガクと情けなく狼狽えている。
巨人と目が合って、一気に直線距離が縮んだ気がした。
視界がズームになって巨人だけを捉えている。
ニタリ、といった厭らしい表情を貼り付けたまま、顔の筋肉をひとつも動かすことなく、そいつは腕を伸ばしてこちらへとまた少し近付いた。
あまりに怖くて思わず喉から、ヒッと悲鳴が漏れる。
それが耳に障ったらしくユミルが不快そうにこちらを向いて舌打ちをした。

「煩えな。お前そのうち巨人と真っ向から戦闘することになったら小便チビんじゃねえの」

ユミルは私よりも巨人に近い位置に立っているというのに平然と枝の上に立ったままだ。

「だって、だって怖いじゃん!ベ、ベルトルトもそう思うよね」

恐ろしさから上手く口が動かせず吃りながらもベルトルトに同意を求めようと、顔の筋肉が引き痙っている顔を彼へと向けて縋るように言った。

「いや、うん、まあ、怖いのは分かるけど、」

そう言って区切った彼は、ほんの少し口元の筋肉を緩めて

「ここならそう簡単に巨人に捕まることはないと思う」

そう言った。
続けてユミルが、お前はビビリすぎなんだよナマエ、と罵ってくる。
それに、えーでも怖いものは怖いもん!と駄々っ子を演じながら、脳裏にはやんわりと彼の表情がこびり着いていた。

ベルトルトの笑顔、初めて見たかもしれない。
いやもちろん、みんなでバカ話をしているときには彼も笑っているところを遠目に見たことがあるのだけれど。
きっと今の彼は極限状態で。
アニのことが気掛かりで仕方なくて。
でもみんなに怪しまれるわけにはいかなくて。
ライナーともアニとも連絡が取れなくて。
自分ひとりで考えて行動しなければならなくて。
心細くて。
心配で。
不安なはずなのに。

私の馬鹿みたいな怖がりっぷりに表情を緩めたときの彼の表情は、まるでうっすらはにかんだみたいに見えて。
優越感のような何だかよく分からない嬉しさが、胸の奥にふんわりと暖かく色を落としていた。


 
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