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□bifrostT
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ナナバさんの指示で104期生がバタバタと慌てて駆け出す。
部屋を飛び出し廊下を駆けて、馬具が置いてある倉庫へと走った。
倉庫からガチャガチャいわせながら鞍等の最低限の装備だけ持って馬小屋へと急ぐ。

私は焦りながらもできるだけベルトルトとライナーの様子を窺っていた。
巨鳥である私のこれからの行動の指針として参考にするためだ。
訓練兵団に入団してすぐの彼らは、エレンが人だかりの中で超大型巨人や鎧の巨人について話していても全く動揺した素振りは見せなかった。
けれど、なんとなく今回は彼らから緊張している様子が感じられた。
予定外の出来事なのかもしれない。
彼らにも対処できないことがあるのかも、と急に不安に襲われたが、ふと、彼らだって何でも知っている訳ではないんじゃないか、と思い至った。
今までだってこういうことはあったのかもしれない。
たとえばトロスト区戦のエレンの巨人化とか。

みんな蒼白な顔で冷や汗を流しながら緊張した面持ちでありながらもなお、兵士としての役割をこなそうとしている。
それが今の私には無性にかっこよくて眩しくて、それと同時に怖ろしく不安にも感じた。
壁の中の人のために自分の命を投げ打つなんて、馬鹿げている。
顔も知らない人間なんかの命より、仲間の命の方が比べようもなく大切だ。
当然。
私は、みんなに死んで欲しくない。
巨人も壁内人類も、どうだっていい。
私の近しい人たちが、生きていてくれれば。
私の周りだけが平穏であれば。



「誰か…この地域に詳しい者はいるか!?」

ミケ分隊長の指揮で4つの班の構成に取り掛かる。
ダウパー村出身のサシャは北班、ラカゴ村出身のコニーは南班。
率先して危険な役割を引き受けていくライナーと、それに同行するベルトルトは南班。

近くにいたナナバさんから、クリスタ、ユミル、私の三人に西班へ入るように指示を受ける。
ふいに何か引力のような、引き付けられる感覚がして振り向くと、ジャンと視線が絡まった。
巨人が壁内に発生してしまっていることに未だに危機感、現実感を抱くこともできなくて茫然としてしまっている私とは正反対に、ジャンは意志の篭った力強い目をしていた。
思わず呑まれてしまいそうになる。

「俺も、西班に、」

バッと勢いよくナナバさんの方へ顔を向けたジャンは、馬の走る音に負けないようなはっきりとした大声で叫ぶ。

その言葉に、表情に、思わず何かグラリとする。
急に意識を取り戻したみたいに感覚が戻ってきて、鷲掴みにされたみたいに圧迫感を感じて鼓動が力強く律動した。
とても力強い何か決意すら感じるような彼の瞳に、縋ってしまいたくなる。
生き残るために。
心の支えに。
頼ってしまいそうになる。
だって、私にはどう考えても状況を打開する力なんて、これから先を生き延びていく力なんて、あるはずもないのだから。

絶望的な状況と緊張感に冷や汗をうっすらかきながらも冷静にナナバさんが返事をする。

「いや、こちらは人数が足りている。それよりも人数の必要な南班に回ってもらおう」

ナナバさんの言葉に、ジャンは苦渋の表情をしてこちらを振り仰いだ。
その表情にまた引き付けられそうになるも、私の遠い記憶の中のエレンが、人類滅亡の危機だぞ!!なにテメェの勝手な都合押しつけてんだ!!と叱責する。
ジャンと同じ班にしてくれと申し出るかどうか、彼に縋ってしまおうか、唇を引き結んで迷っているうちに、その表情をどう受け取ったのか、ジャンはナナバさんの方へ向き直り不服そうに、分かりました、と返事をした。
何か自分がこの先生き延びる確率を上げるための大切なチャンスを掴み損ねてしまったような気がして、不安に駆られて思わず、しまった、と瞠目してしまう。
けれどもそれは何の根拠もないことで、すぐに我に返って、今しがたの自分の考えを疑う。
私はいったい何を考えているんだ。
これで正しいはずだ。
ナナバさんが言っていることは正しい。
何を馬鹿げた考えを。

力強い目付きのままのジャンと再び視線が交わった。
何かを耐えるように、ぐっと力の篭った顔で、口が開かれる。

「…生き延びろよ」

その言葉に、何か圧迫感のような衝撃を受けて、返事をしようと口を開きはしたものの、絶句してしまった。
ジャンもね、と返事をするべきだったのに、何かよくわからない大きなものに邪魔されて、私はただ一度開いた口を再び閉じることしかできなかった。
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