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□bifrostT
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私服なんていう無防備な状態で、いつ巨人が飛び出してくるか分からない暗闇の中を進んで数時間。
緊張と疲労が限界に達する中、幸運にも発見したウドガルド城で私たちは休息を摂っていた。
常軌を逸する程の緊張感から解放されたことで、体には一気に虚脱感が降りかかっていた。

軽い燃え尽き症候群みたいなかんじだ。
しばらくは兵役なんて勤めたくない。
兵士なんてもうコリゴリだ。
早くお家に帰って柔らかい毛布に包まって暖かいスープが飲みたい。

思わず溜息が漏れそうになる。
周りを見てみるとクリスタなんかは特に、溜息を吐く気力すらない、といったかんじだ。
ゲルガーさんの伝令にも心ここに非ずといった雰囲気でぼんやりと顔を向けていた。

「あの…もし…本当に壁が壊されていないとするなら…巨人は…どこから侵入してきているのでしょうか…?」

クリスタがしんどそうな顔をしながらも、恐る恐る周りを窺うようにして真実に触れる発言をする。
ヘニングさんとナナバさんの二人、先輩方もそれに同意するように続けた。

話の流れに、なにか、どきりとする。
真実を突き止められる恐怖。
今まで隠れ蓑にしていた、みんなが知らないことを知っていることで優位に立っていたのが、がらがらと崩されていく恐怖感。
知られてはならない、知られたら殺される、と頭の奥で鈍く警鐘が鳴り響く。
嫌に重たく鼓動が波打ち、脂汗が滲んだ。
何かに責め立てられるように徐に口を開きかけたところで、ユミルがコニーの村の話を持ち出した。
自然とコニーに注目が集まる中、私は思わずユミルの方を見た。
ユミルは暗い表情でコニーを労わっている。

もしかして、わざと話題を逸らしたんだろうか。
ユミルにも、真実を突き止められたら都合の悪いことでもあるんだろうか。
ユミルも人類に無知でいてもらった方が都合がいいのだろうか。

私が巨人側だと自覚すると急にユミルが頼もしく見えてきた。
勝手に私の中だけで一方的に仲間意識が芽生えていた。

コニーの母親が巨人化したんじゃないか、という疑念をコニーが漏らしかけて、それをユミルが盛大に笑い飛ばした。
ユミルに注目が集まる中、ちらりとライナーを見遣る。
このあと夜中に食糧を漁るユミルに話し掛けにいくであろう彼は、呆気にとられながらも、何かホッとしたような表情に見えた。



報告や雑談が一通り終わって、各自休息を摂りはじめた頃。
思い出したみたいに空腹を感じて、私は倉庫を覗いた。
これからまた一騒動あるのだから、お腹は満たしておいた方がいい。
体のだるさや眠さもあったが、これからのことを考えると食欲を優先させるべきだろう。
巨大樹の森で空腹感を訴えるライナーたちを思い出して、そう結論した。
たしかユミルが木箱からニシンの缶詰を取り出していたはずだ、と思い、思い切って蓋をあける。
まるで盗みを働いているみたいで、何となく気後れした。
隣で休んでいるみんなの方をチラリと見やる。
先輩は盗品だといっていたし、そもそも生きるか死ぬかというときに細かいことを気にしている場合ではないはずだ。
何ならみんなにも配って一緒に食べてもいい。
独り占めするつもりでもないんだし、あとで何か文句を言われたら給料から天引きしてもらえば構わないだろう。
そうやってあれこれ自分に対して言い訳をして、やっと木箱の中へと手を伸ばす。
無事、缶詰と食器を探し出して、食器を洗うための水はどうしようか、と思い至った。
外の井戸へ出るのは危ないし、かといって水道があるわけでもない。
少し悩んだあと、巨人が追い付くまで時間がなかったことを思い出して、そのまま倉庫から持って出る。
倉庫のちょうど入り口のところでユミルに出くわした。
面白そうに片眉を上げて、話し掛けてくる。

「コソコソやってるから何してるかと思ったら…へえ、意外だな。何盗んできたんだ?」

愉快そうに言うユミルに、言われたくなかったことを言われてついムッとする。

「違うよ、拝借してるだけ」

私が拘っていることにはユミルはさらさら興味がないらしい。
返事もそこそこに私の手元を覗き込んでいる。

「ああ、これ、」

ニシンの缶詰、と言いそうになって、はた、と思いとどまる。
ライナーとユミルの、駆け引きするような表情が、紙面で見た私の遠い記憶が、警鐘を鳴らす。
ひやり、と肝が冷える感覚がした。
缶詰だよ、となんとか振り絞って答える。

「ふーん…」

ユミルは気のない返事をした後、何気ない動作で私の手から、ひょい、と缶詰を取り上げた。
じっくりと何か考えるみたいに缶詰を見つめている。
そうして私に視線を移して、目が合った。
ほんの数瞬の出来事のはずなのに、現実ではないみたいに長く感じた。
終わりが見えなくて、恐怖すら感じた。

ぞわり、と言い知れぬ不快な寒気が体を駆け巡って。
冷や汗がじわりと滲んできて。
バクバクと心音が頭まで響いてきて。
顔の筋肉が引き攣った。

漠然と、捕まる、と思った。


再び視線を缶詰に戻したユミルは、すぐに体の向きを変え、倉庫から出て行った。
扉の向こうから、食いモンだぞ、というユミルの声が聞こえる。

痛いくらい激しく鼓動を打っている胸に手を当てて、私は詰めていた息を誰にも聞こえないようにひそめて吐き出した。




 
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