bookshelf

□bifrostT
33ページ/41ページ






「全員起きろ!!屋上に来てくれ!!今すぐにだ!!」

リーネさんの声で一斉に緊張が走る。
みんなが慌ただしく屋上へと向かう中、ふいに私はもうここに戻れない可能性が高いことを思い出して自分の荷物を持ってみんなの後を追った。



「巨人がどこまで来てるか見てくる!お前たちは板でも棒でも何でもいい!かき集めて持ってきてくれ!」

そう言い置いて松明を持って走って先行していくライナーを見送る。
ベルトルトが焦ってその後ろを追いかけて行った。
ベルトルトのいつにない焦った様子に、ジャンは僅かながら訝しんだ視線を向けていた。
だが今は一刻も争う状況であり、ジャンも何かしらここで言及する様子はない。
そのままみんなで何か使えそうなものを漁った。
そうしているうちにユミルやクリスタが大砲に目を付けて、みんなを呼ぶ声が響いた。



「と…とりあえず上の階まで後退しよう!入ってきたのが1体だけとは限らないし…」

クリスタの言葉に同意するように、先程大砲の下敷きにされた巨人に背を向けてそれぞれに階段を上りはじめる。
そうしてクリスタが振り返ると、ちょうど新たにもう一体侵入してきていた別の巨人が破壊されたドアから顔を覗かせていた。
その巨人のすぐ目の前にいたコニーをライナーが庇い、腕に噛み付かれたまま背負って歩き、窓へと近付いた。
みんなが騒然として焦りを露わにする中、ライナーは腹を括ったみたいに鬼気迫る顔をしている。
ジャンがライナーに、待て、と言い置きながらコニーからナイフを引っ手繰った。
そうしてジャンは徐に巨人の顎の筋肉を引き裂く。
噛み付かれていた腕を解放されたライナーはすぐさま飛び退き、ユミルとベルトルトが巨人を窓から外へと放り落とした。



壁の方角から飛んできた岩によってリーネさんとヘニングさんが即死。
屋上に集まった新兵の私たちにはただ、ナナバさんとゲルガーさんが戦うのを見ていることしかできない。
先輩二人の一挙手一投足をコニーやクリスタが固唾を呑んで見守っているのが分かる。
緊張から、クリスタが唾を呑んだ。

きっともう長くはないだろう。
そのうちガスや刃が尽きることで私たちは無力化してしまう。
武器がなければ戦うことはできない。
その武器だって物資が補給できなければすぐに役に立たなくなってしまう。

ふと思い立って、私はリーネさんとヘニングさんの遺体へと目を向けた。
自分の荷物へと手を乗せるように軽く叩いて中身の確認をする。
二人の立体機動装置にまだガスが残っていれば、私の荷物に入っている工具で直せるかもしれない。
カチリと当て嵌まったピースが、希望を予感させる。
もしかしたら、という可能性に縋るような興奮が思考や感覚をじんわりと麻痺させていく。
私は朦朧とし始めた意識のままに、ボンベを叩いてガスの有無を確認した。
まだある。
続けて立体機動装置本体を手に取って上に掲げたり回して側面を眺めたりして外面を確認していく。
分解してみなければ判断はできなさそうだ。
気分が高揚しているのと緊張しているのとでぎこちない手つきで調べていると、ジャンが怪訝そうな表情で近付いてきた。

「何してんだ」

「もしかしたら直せるかもって思って」

少しもたつきながらも荷物から工具を取り出してジャンに見せると、了解したらしく、私から工具を受け取って分解しはじめた。
悪態を吐くわけでもなくただ黙々と作業しはじめた彼に、なんだか珍しい、と思った。
なんとなく新鮮で、頼もしさすら感じる。
この感情、感覚は以前にも感じたことがある、と思いを巡らせた。
あのとき、立体機動術の訓練中にジャンに助けてもらったときのものだ。
あのときも、なんとなくこんな感じだった。
そうだ。
私はジャンの、意外にも男らしい一面に絆されたのだ。
あれから随分と私も変わってしまったと思っていたけれど、こういうところは変わっていなかったのだ。
不思議と恥ずかしさは感じなかった。
人を好きになることは恥ずかしいことなんかじゃない。
妙に腑に落ちるような、懐かしいような感じがしていた。
そうか、私はジャンのこういうところに惚れていたんだ。
そう思うとなんだか急にストン、と胸に落ち着く思いがするのだ。



ジャンが立体機動装置を直している間に何かできることはないかと考えを巡らせた結果、私はひたすら指笛を吹いて馬を呼んだ。
獣の巨人が投げて寄越した岩に馬が潰されたのだが、何頭かは繋いでいたのが外れて逃げていったのを見ていたのだ。
塔には巨人が群がっているからすぐ傍まで馬が来れないにしても、立体機動装置を使って馬まで辿り着ければ助けを呼びにいくことができる。
この巨人の数を相手に新兵が一人で立ち回れるはずがないことは分かりきっている。
そして私は日が昇ってしばらくしたら助けが来るのを知っている。
それを踏まえた上での立案だ。

指笛が聞こえたらしい馬は従順に近くまで戻ってきてくれている。
巨人は基本的に人間にしか興味を示さないとはいえ、きっとかなり勇気のいることだろう。
馬がひどく愛らしく思えてくる。
極限状態なのと嬉しさと切羽詰っているのと色んな感情がごちゃまぜになって涙ぐんでしまいそうだ。
というか、若干すでに目が潤んでいる。
ユミルが心配してというよりは引き気味で声を掛けてくれる。

「おい、ナマエ。大丈夫か?」

「うん…あの馬めっちゃいい子じゃない?ちゃんと戻ってきてくれて…」

ぐすぐすと軽く鼻を鳴らしながら答えると、何故か頭を撫でられた。
ダメだ、今度はユミルに惚れてしまいそうだ。
なんて冗談めかして自分を落ち着かせようとする。

今更になって気付いたのだけれど、立案するというのはひどくプレッシャーの掛かるものらしい。
本当に上手くいくのかとか、上手くいかなかったらどうしようとか、もっといい考えがあったんじゃないかとか、こんなこと言い出さなければ良かったんじゃないかとか。
そういう責任とか、不安とかいったものが圧し掛かってきて私の小さい肝っ玉をグジグジと踏み躙ろうとしてくるのだ。
新兵でありながら今までに色んな企画立案をしてきたアルミンって実は凄い人物なんじゃないだろうか、なんて思いを馳せた。



日が昇ってから作戦を開始することになった。
巨人が夜間に活動できるのなら、目の見えない暗闇の中を馬で移動するのは危険すぎるからだ。
立体機動装置の動作確認を済ませてから、誰が行くかという話になったが、修理した本人が行くのが妥当だろうということでまとまった。
ジャンは責任の重さを感じているのだろう、苦い顔をしながらも、分かった、と男らしく返事をしてみせた。
ユミルが冗談めかして、私がそれ使ってクリスタと二人で逃げるってのはどうだ?なんて言ったりもしていた。
そこでふと、馬に二人までなら乗れることに気付いたのだ。
でも今回は連絡をする役回りなのだから、早馬には一人で行くべきだろう。
少しでも軽く、早く移動できた方がいい。

日が昇って、いよいよ、という頃合いになって、ジャンが名残惜しそうに、こちらをじっと見つめる。
私をここに残していくのが心残り、といったところだろう。

何も言わせないように、心配させないように。
口角を上げて見せて、できるだけ余裕のあるように見えるように表情を作って、

「待ってる」

と、そう告げた。




 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ