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□bifrostT
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塔がどんどん崩されていく。
あれから塔内に巨人は侵入してきていない。
きっと入口から入れるような小型の巨人はもう残っていなかったんだろう。
もしまだいたのならとっくに屋上まで上ってきているはずだ。
そこは運が良かったのかもしれない。
そうだとしても、戦うことも逃げることもできないこの状況では、絶体絶命の窮地であることに変わりはない。
塔が崩されて巨人に食べられるのを待つばかりだ。

日が昇って気分も晴れそうだと楽観視していたが、時間の経過が明示され自覚させられて反って疲れた気さえもした。
思わずため息を吐きかけたとき、巨人が塔を崩しているのを見下ろしながらユミルが呟く。

「ジャンはまだか…」

焦れったそうな声に、誰も答える者はいない。
みんなジャンを待ってる。
みんな同じ気持ちなんだ。


「私も…戦いたい。何か…武器があればいいのに…」

そしたら一緒に戦って死ねるのに…

クリスタの言葉のあとに一瞬の静寂があった。
ユミルの目が驚愕に見開かれるのが、ひどく印象深かった。
まるでスローモーションが掛かっているみたいに、頭に焼きつく感じがした。



コニーから徐にナイフを受け取ったユミルが駆け出した。
クリスタが引き留めようと両手を翳したのを振り切って、塔から飛び出す。
あまりに突然の出来事だった。
今まで巨人に対抗する手段もなくただひたすら手を拱いていた状況から、一変する。
勢いよく飛び出したユミルの身体は、走り抜けた勢いのままにしばらく前へと進んだ。
そして少しずつ確実に重力を受けて、次第に落下運動へと移行していく。
その動きがあまりに緩慢に感じられて、ユミルの姿は空中を漂っているようにも泳いでいるようにすらも見えていた。
塔の上から飛び降りることを全く畏怖していないかのような。
空中がまるでユミルの、慣れ親しんだ自分の庭であるかのような。
堂々としていながら自然体で。
あまりに当然のように空中に飛び出していて。
彼女の後姿は、翼の生えた獅子のように悠然としていた。
王者の風格すら纏っているようだった。

その力強い後姿に、瞬きも忘れて見入っていた。
ユミルが巨人化したことによる強烈な発光に一瞬目が眩んで、ハッとした。
巨人化したユミルは素早く動き回り付近の巨人を蹂躙していく。

コニーやクリスタ、ライナーやベルトルトが動揺していた。
ライナーとベルトルトが酷くショックを受けていることは明らかだったが、どういった感情を抱いているかまでは読み取れなかった。
怒り狂うことも嘆くこともしない。
そんな彼らが、異常なものに見えた。
哀れなものにすら思えた。

どうして怒らないの。
どうして泣かないの。
辛いでしょう。
理不尽だって思うでしょう。
屈辱にも感じるでしょう。
どうして我慢していられるの。
私は、とても耐えられない。
この世界は、酷く残酷だ。
理不尽だ。
どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないの。

ズクリ、と不穏にも胸に痛みが走る。
酷く重苦しい痛みが、ねっとりと胸の奥で首を擡げている。

私が、救わなくちゃ。
私がみんなを連れて逃げなくちゃ。
私の翼はきっと、そのために授かったものだから。




 
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