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□bifrostT
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ミカサやハンジさんたちの増援によって難を逃れたあと、私たちはとりあえず付近の壁に上るべく移動していた。
ほとんどの者は大した負傷もしていなかったが、ライナーは片腕を負傷しているしユミルは意識を失うほどの重症を負っていた。
そのために幾分手間取りはしたが、人数が多いのとハンジさんの適切な指揮によりてきぱきと移動の準備が整えられた。
私はそうして運ばれるユミルを、ただ黙って見つめていた。
コニーやクリスタやジャンはこれまでの一連の出来事を各々話すなどしていたが、私はそういう気分にはなれなかったため、三人に任せておくことにした。

あんなに格好良く飛び下りたユミルがあんなにも呆気無く巨人に食い散らかされるなんて。
絶望に近い感情が胸に翳りを落とす。

ユミルは私とは違って強い意志を持っていた。
それは訓練兵時代からずっと大切に育んできたものだ。
ただクリスタを守りたいという一心で、巨人の群れに突っ込んでいったのだ。
私にはとてもできるはずがなかった。
自分だけが助かればいいと思っている、空っぽの私には。
仲間が辛い目に遭っているのは確かに胸が痛むけれど、それだって所詮はエゴだ。
私が見たくないというだけのことだ。
自分が同じ轍を踏まないように、不快に感じることで自分が痛い目を見るのを避けるための本能みたいなものだ。
所詮私は自分のことしか頭にないのだ。

それでも。
それでも私はこのエゴを誰かに認めてもらいたい。
この感情が例えエゴだったとしても、私がみんなを救ったら、きっとみんな幸せになれるはずだ。
みんなは助かって、私はエゴを認めてもらうことができる。
Win-Winの関係じゃないか。
お互いに良い思いができる、利害が一致しているじゃないか。
一石二鳥じゃないか。

ユミルの無残な姿が、将来の私を予感させていても。
失敗したときの私を彷彿とさせていても。
それでもきっとやる価値はあるはずだ。
成功したら、きっと革命的なことであるはずなんだ。
この世界を根底からひっくり返す。
きっと私にはそのための力が備わっている。
できるはずだ。
しなくちゃいけない。
たとえ失敗に終わっても、挑戦しなくちゃいけない。
きっとこの世界に生まれ落ちた瞬間から、それが私の使命だったんだ。

沸々と考えながら、自分を追い込んで奮い立てせる。
大丈夫、私はできる子、と息巻いて、やっと周りに意識を配る余裕が持てた。
ふと、ベルトルトが視界の端で何か重苦しそうな表情をしていたのが目に留まった。
きっとユミルが巨人化した姿を目にしたせいだろうと思った。
二人は過去にユミルに遭遇している。
巨人化して自我を失っていた頃のユミルに。
ベルトルトに関して私が知っているのはほんの断片的な情報に過ぎなくて、それ故に私には想像もつかないような苦悩をしているんだろう。
今このときも、今までも。
重苦しい息苦しいくらいの同情の念が、昏々と湧いてくる。
ああ、可哀想に、と。
なんて不幸なんだろう、と。
そう思いながら彼の視線の先を辿ると、ライナーが目に留まった。
ライナーはしきりに自分の自由にならない片腕に苦戦しながらも、ユミルの怪我を気に掛けていた。
大した奴だ、とか、クリスタのためを思ってやったんだろうな、たしかにクリスタはかわいい、なんて宣っている。
頭が痛くなった。
重苦しい息苦しさとは対照的な、キリキリと緊箍児が頭を締め上げるみたいな痛みだ。
さっきの今でその上ライナーがこんな状態では、ベルトルトが苦い顔をするのも無理はないだろう。
普段から無口なのが幸いして深く突っ込まれたりはしていないみたいだが、いつになく表情がその心情を語っているように見えた。

それでも。
それでもベルトルトに選択の余地はない。
ライナーについていくしかないんだ。
だって彼は超大型巨人で、ライナーは鎧の巨人だから。
この壁の中の人類にとって彼らは、共犯者だから。
同じ故郷からきた唯一分かち合うことのできる存在だから。

そして、巨鳥化能力を持つ私なら。
私ならきっと彼らと共に生きていける。
王政の脅威になりかねない私は壁内では歓迎されないとしても、きっと彼らの故郷では価値があるはずだ。
この壁の中に留まっていつか来るであろう死刑を待つ必要はない。
そうして壁内人類と敵対する日がいつか来るとしても。
それでも私は、いつまでもこの壁の中で人間に怯えて暮らしていくことはできない。
そうするべきではないんだ。
だって現に私は人格が乖離しかけた。
自分が壁内人類と同じようなものだと誤認しかけていた。
巨鳥化能力を忘れかけたりもした。
ただ漫然とジャンと普通の、ありきたりの幸せな未来とやらを描きかけたりもした。
そんな未来はありえないというのに。
この世界にハッピーエンドなんて存在しえないのに。
自分が何者であるか忘れてしまった私は、きっと罰を受ける。
ジャンと幸せな人生を歩んでいたら、きっといつか報いを受ける羽目になるだろう。
力を持つ者が役目を果たさないのを、黙って見過ごしてくれるような生易しい世界ではない。
だから。
だから私は。
巨鳥化能力で、この世界に革命を齎さなければならない。

それが私の使命だから。




 
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