bookshelf

□bifrostT
36ページ/41ページ






ウォール・ローゼ壁上に超大型巨人と鎧の巨人が出現した。
エレンを奪取しようとした鎧の巨人と、巨人化したエレンと調査兵団が戦闘を開始。
現在はエレンの戦闘を見守っているところだった。

クリスタやコニーとともに負傷した兵士の介抱をしながら、私は激しく鼓動を刻む胸をぐっと掴んで握りしめた。
頭までその鼓動に支配されているようで、偏頭痛みたいなそれにじんわりと汗が滲んだ。
鎧の巨人と巨人化したエレンが50mの壁の下で格闘技を披露している。
その数十m上には立体機動装置を装備した調査兵たちが壁に張り付いていて、まるでちょっとした怪獣映画でも見ているようだ。
性質が悪いのは、その登場人物のほとんどが身近な人物で、私すら巻き込まれかねないほどすぐ目の前で撮影が行われているということだろうか。
まさに目の前で起きている出来事に、あまりの衝撃に、キャパを超えた私の脳みそは感情の処理が間に合わなかったのか放棄したのか、涙が溢れて頬を伝った。
所謂泣く、ということとはまた違ったような、感情が零れていくみたいな。
嗚咽も漏らさずただ静かに流れていくそれを、私は服の袖で拭う。

今はただ、もうすぐ来るであろう決別のときを静かに待った。



超大型巨人の頭が爆発するみたいに一気に蒸発して、鎧の巨人とともに去っていくベルトルトと抱えられたユミルを眺めていた。
壁の上に立ち竦んでただ彼らをぼんやりと見送るナマエの横顔に、何かもの悲しさを垣間見た気がして、胸の奥で微かな焦燥感を感じたような気がして、ジャンは彼女に声を掛けた。

「おいナマエ、とりあえず今はあいつらの手当てだ。ライナーを追いかけるのはこの場を指揮できる上官たちが来てからだ」

ただ漠然と感じていた焦燥感を掻き消すみたいに、彼女に今するべきことを指示する。
そうやって現実で塗り固めないと、今にも彼女が消えていきそうな、そんな危うさを醸し出していた。
急に彼女が遠くに行ってしまったような。
あの手の掛かる愛くるしい彼女は、どこかへすっぽり落っことしてきてしまったようで。
まるで別人みたいな空気のナマエに、ジャンは言いようのない焦りを感じていた。

だから、頼む…こっちに来てくれ

耐え切れなくなったジャンが大股で一歩歩み寄り、彼女の腕を掴もうとした。
そのとき、ふいにナマエが振り向いた。
風に靡く黒髪が美しい。
そしてその黒髪に彩られた顔は、酷くみすぼらしいものだった。
理性で必死に押し留めようとしているものが、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。

いつの間にこんな表情をするようになったんだ。

重苦しいものがジャンの胸元を締め付け、喉元すら呑み込もうとする。

どうしてそんな表情をするんだ
どうしてそこまでして…

ナマエの表情を見たジャンは、漠然と、直感のようなもので、彼女に自分よりも大切なものがあるんだと、できたんだと、悟った。
そのために今彼女は苦渋の選択を強いられている、と。
そうして自分は切り捨てられるのだと。


「ありがとう」

今にも決壊しそうな歪んだ表情で、わなわなと唇を震わせながら、何とか笑顔を作ろうと、ナマエが口端を引き上げて、くしゃりと目元を結んだ。
溢れかけていた涙が、頬を伝って落ちていく。
その様子が、二人の思い出が涙とともに流れて捨て去られていくように思えて、やめてくれ、と悲痛な願いが聴こえた。


「さよなら」

別れ際にはいつも、またね、と微笑んでくれた彼女は、そう言って背を向けた。
壁の端へと歩いて行くナマエに、思わずジャンは、待て、と叫んで手を伸ばす。
それを避けるみたいにナマエは壁を蹴って宙へと飛び出した。
立体機動装置はない。ナマエもジャンも身に付けていない。
ジャンの声で気付いてそれを眺めていた兵士には、自殺未遂に見えていただろう。
地上に吸い寄せられるようにゆっくりとナマエは落ちていく。
バタバタと煩く忙しなく服をはためかせながら、ナマエは目を閉じた。



そういえば私、人前で巨鳥化するの、初めてだ


強い光で目晦ましされた次の瞬間には、ウォール・ローゼの下を数mはありそうな白鳥が滑空していた。




 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ