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□bifrostT
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「お前はエレンみたいに名乗り出て協力しようとは考えなかったのか?」

ライナーにそう訊ねられて顔を上げた。
ライナーと視線がかち合う。
そのまっすぐな視線に、何か漠然と責められているような気がして、思わず萎縮した。

「…考えなかったわけじゃないけど…」

批難を避けたくて、言い逃れるようにそう口にした。
思わず視線を下げて、三角座りしていた膝を縋るみたいに抱え込んだ。



名乗り出ようと思ったことなど一度もなかった。
私は死にたくなかった。
命を懸けてまでやり遂げたいこともなかった。
エレンみたいに巨人を駆逐してやろうとなんて思いもしなかった。
同期のみんなが目の前で殺されても。
マルコの訃報を聞いたときだって。
自分が人類の進撃の糧になれるかもしれないなんて考えもせず。
ただただ自分の保身のことばかり考えていた。

私は、なんて、エゴイストな人間なんだ…

抱え込んでいる膝に額を擦り付けて丸まった。
どうしようもなく泣きたくて、泣かれているところを見られたくなくて、ただただ小さくなるように自分の身体を抱き寄せた。
そうして真っ暗になった瞼の裏に、ふとベルトルトの影がちらついた。
これは、そう、前世の記憶。
同じように巨大樹の森で、彼はエレンに責められている。
巨人たちの群れの中で戦っている。
ウォール・マリアの上で座り込んでいる。

自分じゃどうにもならなかった

そうするしかなかったんだ

彼なら私の気持ちを分かってくれるんじゃないか。
大きな流れに逆らうことは難しいことなのだと、逆らえないのは仕方のないことなのだと。
彼なら分かってくれるんじゃないか。
私の言葉にうんうんと頷いて聞いてくれるんじゃないか。

そう淡い期待を抱いて顔を上げた。
視線がベルトルトを探して捉えて。
言葉を紡ぐために口を開いた。

仕方なかったのだ、と。

そこで彼の表情を捉えて私は固まった。
不安そうな憔悴したような表情。
色んなものを諦めてきた表情がそこにあった。

ああ、私と彼は全然ちがう。
こんなにも違う。

私が彼に同情を求めるのは間違っている。

ベルトルトは私なんかよりずっと多くのものを背負い、失い、諦めて生きてきている。
私のように幼少期をウォール・シーナ内の貴族の家で過ごしてもいなければ、恋人と将来を誓い合うこともない。
故郷の大勢の人たちの期待を背負っている彼と違って、私はただ自分ひとりのことだけ考えて生きてきた。
私には同胞と呼べる人は今まで誰ひとりとしていなかった。
そう、彼と私は全然違うのだ。
私がぬくぬくと過ごしている間も過酷な環境で過ごしていただろう彼のことを思って。
私は、自分の考えを恥じた。

あまりの浅はかさに、眩暈すら覚える。

そうして重力につられる様にぐらりと顔を伏せて、自分を宥めるように、言い聞かせるように、捲し立てるように言葉を並べていく。

「だって、私、できるわけない。エレンだから、できたことで、私にはとても無理。壁内人類の期待なんてとてもじゃないけど重すぎるし、大体、すごく目立つじゃない。私、訓練生のときだって、目立つと恥ずかしいから、できるだけ目立たないように気を付けてたのに、」

そこまで言い縋ったところで、何か吹き出した音と笑い声が聞こえた。
驚いて顔を上げるとライナーが盛大に笑っていた。
呆気にとられて、ぽかん、としてしまう。
視界に映ったベルトルトに視線が、焦点が絞りこまれる。
口元を片手で隠すようにして控えめに笑っていた。
その、優しく下がった眉尻が、微かに刻まれた目尻の皺が、暖かくて、眩しくて。

私は彼の笑顔にただ漠然と、希望の光を見たような気がした。




 
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