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□bifrostT
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疲れた体に暖かいお湯が気持ちよくて、ついつい長湯をしてしまった。
結果私は湯あたりしてしまって就寝前に少し夜風に当たることにした。
風らしい風は吹いていないのだけど、外の空気が涼しくて気持ち良い。
たまに気休め程度の風が吹いて前髪を揺らしていく。
女子宿舎の出入り口の階段に腰掛けて、肘をついて猫みたいに目を細めた。
深く息を吸い込むと気分が落ち着く。
ゆっくりと目を開くと目の前に広がる暗がりに転々と灯りが見える。
きっとあっちは男子宿舎かな。
なんだかふいに寂しいような、切ないような気持ちになって、懐かしい歌をいつの間にか紡いでいた。
前にいた世界で好きだった歌。
色んな感情を吐き出すみたいに、口ずさんでいたはずの歌がしっかりと声帯を震わせていた。

どうにもならいないこの気持ちを。
誰に伝えることもできないこの気持ちを。
誰か受け取って欲しい。
こんなにも世界は残酷で、世界は私に無関心で。
それでも私はこの世界が好きで、この世界で生きていたいんだ。

ギシ、と木造の建築物特有の軋む音が背後から聞こえてきて振り向くとクリスタが近付いて来ていた。
彼女は私の隣に座り込んで笑顔で、続けて、と促してくる。

「え、うーん…でも人に聴かせるほどのものでもないし、ちょっと恥ずかしいかも」

「そんなことないよ、すごく上手だったよ?」

可愛らしい表情と動作付きで会話するクリスタは本当に可愛らしくて。
なんだかさっきまで何も考えずに歌っていたのがちょっと恥ずかしくなった。
よくよく考えてみたら誰が聴いていても不思議じゃないんだ。
きっとクリスタが歌ったらアイドルみたいに可愛いんだろうな。
衣装やステージもクリスタに似合うようなきらきらふわふわしたものを用意して。
ああ、駄目だ。
やっぱりクリスタの近くにいるとどうしても劣等感にじわじわと蝕まれてしまう。
だって、クリスタは誰がどう見ても、可愛いんだ。
確固たる事実として可愛いんだ。
男子なら誰だってクリスタのこと好きになるに決まってる。
じとり、と嫌な感情が胸に湧いてきて、思わず目を伏せた。
きっとこういう風に考えてしまうところも含めてブスっていうんだろうな、私。
外見だけじゃない、内面だって、敵わない。
私には彼女は、眩しすぎる。



それから私は思い出したように時々、ストレス解消とか気持ちの整理とかいう理由で歌っていた。
前の世界ではそれなりに音楽は聴いていたから歌う曲に困ることはなかった。
歌詞はまあ、完璧に覚えていた訳ではないけど、私にはなんとなく歌えればそれで良かった。
私にとっては特に深い意味も考えもなかった行動なのだけど、ある日マルコと話していて吃驚することを知る羽目になる。

「そういえば今日は歌うのかな?」

「へ、?」

「うん?」

「なんで、え、私が歌ってるって、」

「みんな知ってるよ?」

不思議そうにマルコが首を傾げる。

「…、男子宿舎まで聞こえてた、のかな?」

「うん」

思わず頭を抱えたくなる。
なんてことだ。
恥ずかしいけどその前にあまりの衝撃にどうリアクションしたらいいのか分からない。

「男子の間では歌姫って呼ばれてて結構有名だよ?ナマエが歌ってるって知ったのはみんな最近なんだけどね。フランツがハンナから聞いたみたいで」

「え、あ、そ、そうなの?全然知らなかった…」

「この間歌ってた曲がすごく良いなーって思っててさ。良かったらまた歌ってくれないかな」

「あ、うん、いいけど…」

「ありがとう、楽しみにしてるよ」

にっこりと良い笑顔でマルコに言われてしまえばなんというか、毒気を抜かれてしまう。
歌を他人に聞かれるのが不本意だなんて言えなくなるし、促されるまま歌ってしまうだろう。

「なんだか、ちょっと恥ずかしいかも…歌姫とか言い出したの誰?」

「それは僕も知らないんだけど」

なんでだろう。
歌なんて他人に聴かせるようなものではないし、恥ずかしいし、嫌だし、悪く言われるのが怖かったけど。
こうやってマルコに暖かい笑顔で言われてしまえば、なんだか肯定されているような安心感があって。
ほんの少しだけ、マルコのために歌ってもいいかなって思ってしまう。
でもきっとこれから歌うときは意識してしまうんだろうな。
緊張して上手く歌えないかも。

結局その日の夜は、緊張して、ちょっぴり恥ずかしくて、マルコにリクエストされた曲だけ歌ってささっと寝てしまった。
落ち着いたら、またたくさん歌おう。
マルコに、誰かに、私を肯定されるのが嬉しいから。
私は、ここにいて、生きていて良いんだって、思えるから。


 
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