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□short
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お布団の上に寝っ転がって、いつもみたいに今日の妄想を形にしていく。
紙の上に鉛筆を走らせた。

お姫様はか弱くてお淑やかで、金髪でサラサラの長い髪に、ピンク色の素敵なドレス。
王子様は強くて聡明で、金髪でサラサラの短い髪に、赤色に金の模様が入った豪華な服。

何度も線を描き直しながらも何とか納得できる下書きを描き上げる。
絵の具で色を付けるために布団から出ようかと思ったところでお母さんの足音が間近で聞こえた。
ノックもなく少し荒々しい様子で部屋のドアが開けられた。

「ちょっと、ナマエ!アンタいつまで寝てんの!薪拾いは!?」

「今やろうと思ってたとこ〜」

ムスっと頬を膨らませてそっぽを向いていると、お母さんは溜息を吐いて、アンタはいつもそうなんだから、と小言を言いながら部屋から出ていった。
足音も聞こえなくなったあと、誰かに聞かせるみたいに、はあー、と盛大に溜息を吐いてみせた。
どっぷり浸かっていた自分の世界から無理やり引っ張り出されて、何とも気分が悪かった。
興冷めだ。

あーやだなーめんどくさいなー、と布団の中で何度か寝返りを打って、誰にともなく駄々を捏ねた。
そうして気分を紛らわして、さて起きるか、と小さく溜息を吐いて布団から這い出た。
さっきまで絵を描いていた紙を、今まで描いてきたもの達が入っている引き出しにいつものように仕舞い込む。
引き出しに飲み込まれていく紙を眺めながら、さっきのお母さんとのやり取りを思い出していた。
何故だろう、ほんの少し前までキラキラ輝いて見えたお姫様と王子様は、今はもうくすんで陳腐な紙切れに成り下がっていた。
虚しくて、クシャクシャにしてしまいたい衝動に駆られた。
その衝動を数秒じっと耐え忍んだあと、踏ん切りをつけるみたいに勢いよく引き出しを閉める。
そのままの勢いでさっさと服を着替えて薪拾いに出掛ける準備を始めた。



「こんにちは、ナマエちゃん。薪拾いかい?えらいねえ」

トロスト区の内門の近くでおじさんに会って話し掛けられた。
適当に、こんにちは、と挨拶して愛想笑いで通り過ぎる。
内門の近くには今日も暇そうに兵士のおじさん達が談笑していた。
こっちとも目が合って、また愛想笑い。

内門を抜けると急に空が高く感じた。
ザァッと風が通り抜けて、草花を揺らす。
背負子を背負い直して軽く気分を整えた。
背中に後ろ頭が付くくらい上を向いて、勝手に開いた口もそのままに歩いた。
内門を抜けたあとはどうせほとんど人に出会すことはない。
真っ青な空をぼんやり眺めながら、移動するうちに視界の端に入ってきた木の枝葉の方へとフラフラ近付いていく。
今までなんとなく土や草なんかを踏みしめていた足の感触が、ふいに固くて不安定なものを捉えた。
え、と小さく動揺した声を出した時にはヒュッと勢いよく視界が移動して、足や腕が鈍く自分のものじゃないみたいな感じがした。
視界が落ち着いて、転んだんだ、と認識してからは一気に痛みがジンジンとやってきた。
じわ、と涙が滲んだ。
悲しくて虚しくて寂しくて、歯を食いしばった。

なんで。
ついてない。
いたい。
つらい。

う、と嗚咽を漏らしそうになったところで、男の子の声と走って近付いてくる音が聞こえた。

「おーい、大丈夫か!?」

びっくりして、なんだか急に正気を取り戻して、慌てて目元を拭った。
男の子の方を見ると、同い年くらいの黒髪でそばかすのある子だった。
すぐ近くまで来て立ち止まった男の子は息も切れ切れにもう一度、大丈夫かと聞いてくれた。
色んな意識がすっかりどこかに行ってしまい、頭がほとんど真っ白なまま、何とか小さく頷いた。

「転んだのかな。立てるかい?」

前屈みになった男の子が右手を差し出して心配そうな顔をしている。
後ろから射している太陽光が、キラキラと爽やかで眩しかった。
現状と彼の意図をゆっくり噛み砕くみたいにひとつひとつ理解して、少し戸惑いながら彼の手に自分の手を重ねた。
ぎゅ、と力強く手を握り締められて、ぐいっと引っ張り起こされる。
急展開への驚きと戸惑いと、男の子の頼もしさへの安心感と、転けたところを見られてしまった恥ずかしさと、色んなものが綯交ぜになって、思わず、ひゃ、と小さく声が出てしまった。
すると彼は何か至らない部分が自分にあったと勘違いしたのか、ごめん大丈夫かな、と謝ってくる。

「あっ、違うの、全然、その、大丈夫!ごめん、えっと、ありがとう」

詰まっていたものが一気に押し出されたみたいに、捲し立てるように言葉を羅列してしまった。
困って、なんとか誤魔化したくて、へらへらと笑ってみせた。
それに応えるみたいにやんわりと微笑んでくれた彼は、私の足へと視線を向けて真面目な顔をする。

「膝を擦りむいてるじゃないか」

言われて膝に目を向ければ少し血が滲んでいて、意識すると急に痛みを思い出したが、さっきみたいな息苦しさは全然しなかった。
私が、あ、と小さく声を出して傷を眺めているうちに、男の子はさっとポケットからハンカチを取り出していた。
一度完全に開いたそれを、今度は違う形に丁寧にたたみ直す。
そうして私の膝にそのハンカチを当てて膝裏で結んでくれた。
あっという間に怪我の手当てをされてしまった。
瞬く間に事態を収拾してしまった彼に呆然としながらも、ありがとう、とお礼を言った。
さっきみたいに微笑んで、いや、早く治るといいね、と言葉を掛けてくれた彼は見た目よりずっと大人びて見えた。

「早く帰ってちゃんと手当てした方がいい。家はどの辺りにあるんだ?」

「、トロスト区…」

私が問われたことに反射的に答えると、そうか、行こう、送るよ、と言って彼はサッと内門の方へと先導する。
釣られてそちらへ行きかけるも、背中の背負子が小さく音を立ててそれを思い出した。

「あっ、でも、薪…」

どうしよう、と呟いた私に彼は振り返って、少し考える素振りを見せた。

「僕は早く帰った方がいいと思うけど…手伝おうか、薪拾い」

二人でやったらすぐ終わるだろうし、と如何にも人の良さそうな柔らかい表情で、頼もしいことを言ってくれる。
嬉しくて、安堵して、胸が暖かくて、ありがとう、と何度目かのお礼を言った。
彼の笑顔を見て、自分の表情が緩んでいることに気付いた。

こんなに素敵な気分は、いつぶりだろう。



「私、ナマエ。名前、聞いてもいい?」「僕はマルコ。ジナエ町に住んでるんだ」とか、「私、よくここに薪拾いに来るの」とか、薪拾いの間、他愛のないことを話した。
何故だろう、いつにもなく口がよく回った。
聞きたいことが、話したいことが、後から後から湧いてきた。
彼が何か口を開く度に、表情が変わるたびに、嬉しくて胸が熱くなった。
真っ直ぐに目を合わせてくるのが最初は少し恥ずかしかったけれど、だんだんそれが心地良くなっていた。

薪拾いはあっという間に終わってしまって。
それが何だかとても残念に思えた。
まだ彼と話していたかった。
もっと一緒にいたかった。



結局彼は私の代わりに家まで薪を背負ってくれた。
出迎えてくれたお母さんは、まあまあ、ありがとうね、ウチの娘が、マルコくんは優しいのね、何かお礼をしなくちゃ、なんてそそくさと家の中を歩き回りながら話していた。
マルコにお茶とお菓子を出して、私の怪我の手当てをして、お母さんはテキパキとよく動いた。
何かお礼をしたいから、としつこくお母さんはマルコに住所を聞いていたけれど、大したことはしてませんから、と困ったような笑顔で何とか断っていた。

帰り際に、

「じゃあ、ナマエちゃん、お大事に」

なんて言って帰っていった彼の姿は、夕日に照らされて、やっぱり素敵だった。



彼の笑顔を思い出して、今日も布団に潜って鉛筆を走らせる。
あの日以来、私は彼の絵ぱかり描くようになっていた。
彼が私の王子様なんだ。
きっと私をこの糞みたいな毎日から救い出してくれる。
そうして描かれた紙が引き出しに吸い込まれていくのを見た。
何故だろう、私、知っている。
急に虚無感に襲われて、その紙をクシャクシャに潰してしまいたくなった。


私はあの日以来、再び彼に会うことはなかった。




 
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