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少し早く来すぎたかな、なんて思いながらベルトルトは腕時計で時間を確認した。
ナマエと待ち合わせしているここは神社のほど近くということもあり、既にちらほらと参拝客であろう人たちが行き交っていた。
立ち止まっていると冷えた空気のせいで鼻水が出てきそうで、こんな格好悪い姿は彼女に見せれないな、とマフラーで口元を覆う。
冷たい手に息を吐きかけて暖をとろうとしてマフラーをしていることに気付き、恥ずかしさに一人マフラーの奥で微笑んだ。
彼女に見られなくて恥ずかしい思いをしなくて良かったとも思ったが、彼女ならきっと楽しそうに笑ってくれるだろうな、とも思った。
楽しそうにはにかんだ彼女の笑顔を思い出すと、こちらまで嬉しくなって、急に胸の奥からポカポカと全身が暖かくなる。
マフラーで顔が隠れているのをいいことに、ベルトルトは存分にニヤニヤと顔を緩めた。

「明けましておめでとう」

ひょこっと顔を覗き込むようにしてベルトルトに声を掛けたナマエは、綺麗な振袖を着て少し照れくさそうな笑顔を浮かべていた。
ほんの今まで彼女のことを考えて顔を緩めていた上に突然の出来事であったし、その上予想外な出で立ちをしているものだから、驚いて咄嗟に言葉が出てこなかった。
目を瞠ったまま、え、あ、などと吃るような声が出ただけだ。
ベルトルトの反応がお気に召したらしく、ナマエは嬉しそうに、えへへ、と得意げな笑みを浮かべている。
その様子が何となくあどけなくてベルトルトは心の中で、かわいい…、と呟いた。
言葉にすることはしなかったが、口元はだらしなく緩んでしまっていた。
しばらく二人で笑い合って、思い出したようにベルトルトが神社の方へとナマエと連れ立って歩く。
道すがら、新年の挨拶を返し損ねていたことに気付いて、

「明けましておめでとう」

「うん、今年もよろしくね」

「うん、こちらこそ」

と、掛け合うように常套句を交わした。



鳥居を潜って参道に入るといっそう人混みが激しくなってきた。
前から来る人たちとすれ違っているうちにナマエが人の流れに流されてはぐれてしまうんじゃないかと心配で、何度も彼女の方へと目を配らせる。
懸命についてこようとする様子がいじらしくて可愛らしい。
胸に熱くグッとくるものがあった。
しばらく頑張って人混みに流されないように避けながら時には早足になりながら追いかけてきていたナマエが、ついにベルトルトの服の袖を掴む。
人混みに参ってしまったらしく、申し訳なさそうな顔で上目づかいにこちらを見やってきている。
力なく笑う中に照れを読み取って、それがさらにベルトルトの胸を鷲掴みにした。
今日は会ってからというもの、ドギマギさせられっぱなしだ。
正確には会う前の待っているときからであるが。



神社の中を歩きながら、数か所ある社を回っていく。
小さな鳥居を潜ったナマエが、これは何の神様だろうね、なんて子供みたいにはしゃぎながら誰にともなく尋ねた。
本殿にくらべると随分小さな社に近付いて立ち止まり、説明書きを読んでいる。
ベルトルトは彼女の後ろから寄り添うように佇んで、ナマエの横顔を見た。
ふむふむ、とセリフを添えたくなる。かわいい。
じっと眺めていると、ふいに彼女の視線が右往左往し始める。
ベルトルトを視界に捉えると、気まずそうにはにかんだ。
その表情もまた可愛らしかったが、どうしたんだろうと気になってベルトルトは先程の彼女と同じようにして説明書きを読む。
文字を辿っていくと、どうやらこの社は子宝祈願のものであるらしかった。
挙動不審な態度の意味を理解して、再び彼女へと視線を戻す。
ぱちり、と合わさった視線に、ナマエは再び気まずそうにはにかんだ。

「えっと、ここは、うん、次いこうか」

ベルトルトの様子を窺いながら言葉を探して、とりあえず今はうやむやに話を流すことにしたようだった。
ベルトルトを押し出すようにする。
ナマエがちらり、と後ろ髪を引かれたみたいに名残惜しそうに後ろを盗み見ていた。
そうして個別にある小さな鳥居の下まで来たとき、

「ベルトルトは先に行ってて」

と促した。

「でも、人多いし」

「大丈夫だよ、ベルトルトは背が高いし、見つけられるから」

渋るベルトルトに、ナマエも譲らない。
うーん、と唸りながら、先に行くか行かないか考えあぐねているフリをしてみせる。
彼女が、前向きに考えてくれているということが、なんだか嬉しくて、恥ずかしくて、顔は熱くなるしにやけそうになる口元を引き結ぶので忙しい。
もうほとんど照れも引っ込んで真剣な表情をしてこちらを上目使いに見るナマエと目を合わせる。
だめだ。にやけてしまう。
それでもベルトルトは思い切って口を開いた。
にやけて少し気持ち悪い声になっていたかもしれない。

「…でも、こういうのって、やっぱり、一人より、二人で祈った方が効くんじゃないかな…」

喋りながらも照れてしまって、聞き取りづらかったかもしれない。
逸らしていた視線を彼女の方へと戻すと、困ったみたいに眉尻を下げて目を見開き口元を引き結んで頬を真っ赤に染めたナマエがまっすぐにこちらを見ていた。
視線が合って、数瞬して、耐えられなかったのか、今度は彼女が視線を逸らす。
しばらくそのまま二人の間に沈黙が訪れた。
気まずいものではなく、お互いにお互いのことを考えて恥ずかしくて仕方ないという空気が伝わってくる。
それがどうにも甘酸っぱくて、堪らない。

大きく深呼吸して、意を決したようにこちらを見上げたナマエは、目が合って恥ずかしかったのか再び視線を足元に向ける。
そうして吹っ切れたみたいにぐるり、と身体を社の方へと向けて歩いて行った。
恥ずかしくて言葉にすることはできなかったんだろう。
それでも、その態度だけで十分通じるものが、さっきの沈黙の中に含まれていた。
堪え切れないようにはにかんで、ベルトルトは彼女の背中を追った。

二人して小さな社に祈った内容は、きっと同じものだろう。




 
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