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今日はクリスマス。
恋人たちがともに過ごす夜だ。

ベルトルトはマフラーに鼻まで埋めて、ほう、と息を吐いた。
マフラーの内側に溜まっている暖かい空気の一部が外気に触れて、白く色付いた。
暗い夜道を街灯を頼りに歩く。
この道はナマエと一緒に帰った道だ。
ライナーがお節介を焼いて、僕とナマエを誘って三人で帰った。
二人の後ろを付いて歩く僕へ笑顔で振り返る彼女が鮮明に思い出される。
もう一度マフラーへ深く顔を埋めた。
赤くなっているだろう頬を隠すために。

結局僕は告白する勇気もなくて、この日を迎えてしまった。
別に付き合いたいとかそういうつもりじゃなくて、ただただ、彼女が可愛らしくて。
僕にも笑顔を向けてくれて、声を掛けてくれて。
だから別に、告白なんていいんだ。
それでも僕は、何かに期待してしまっているのだろう。
足を止めた目の前には、彼女の自宅が佇んでいる。
彼女の部屋を見上げて、唇を引き結んだ。
窓に石を投げる勇気はなかった。
そんな自分が情けなかった。



今日はホワイトクリスマスだ。
テレビでそう言っていた。

ナマエは布団に顔を埋めて、はあ、と溜息を吐いた。
枕を抱き締めて寝返りを打った。
天井がただただ視界に漫然と広がっている。
カチカチと秒針の音が響く。

ホワイトクリスマスというくらいだ、きっと外は寒いんだろう。
ベルトルトと最後に会ったのは終業式の日だ。
ほんの数日前のことなのに、もう会いたい。
帰り道、彼はマフラーに顔を半分埋めて恥ずかしそうにはにかんだ。
その姿を思い出すと胸がきゅんとする。

クリスマスといえばアレだ、よく彼氏が彼女の部屋の窓に石を投げて呼び出すやつ。
携帯で電話してたら、窓の外見て、ってやつ。
きっと世のカップルはそういうことをやっているんだろう、きっとそうだろう。
ベルトルトのことを思い出して少し舞い上がっていたからか、何となく、期待してカーテンを捲っていた。
外にはほとんど明かりはなく、街灯が弱々しく照らしているだけだ。
その弱々しい明かりの下に、なんだか背の高い人が立っている影が見えた。
びっくりして、咄嗟にさっとカーテンを閉めてしまった。
私の家の前、こちらを向いていた気がする。
心臓がばくばくと音を立てる。
嫌な汗が流れる。
どうしよう、目が合っていたかもしれない。
いやでももしかしたら気のせいかもしれない、きっと気のせいであって欲しい。
何にせよこのまま放っておいてはおちおち眠ることもできない。
意を決してもう一度カーテンを捲ってみた。
今度は完全に目が合った。
びっくりして再びカーテンを閉めそうになった手は途中で力を無くす。
ベルトルトだ。
きっと、多分、あれはベルトルトだ。
そう思って、半分疑いながらも小さく手を振ってみた。
家の外に佇む彼は恥ずかしそうに手を振りかえしてくれた。
びっくりして、嬉しくて。
今すぐに下りなきゃと思ってクローゼットにまっすぐ向かった。
上着を手に取った後、思い出したように再びカーテンを捲って、ジェスチャーで下りることを伝えた。

バタバタと勢いよく階段を下りそうになって、今が夜だということを思い出した。
勢いよく踏み出した足を手摺に掴まって何とか踏み止めた。
親に隠れて会うなんて、何だか密会みたいで胸が高鳴った。
そうっと鍵を開けて、そうっと玄関を開けた。



ナマエの部屋を見上げながら虚しさを噛みしめていた。
このまま帰るのはあまりにも虚しすぎるので、コンビニにでも寄って帰ろうか、とコンビニへと足を向けた。
そのとき、カーテンの音とともに視界に光が射し込んだ。
釣られるように光の方を向いた瞬間、カーテンが閉められた。

突然のことに何が何だか分からなくて、暫くその場に茫然と佇んだ。
そして、ナマエがカーテンを開けたこととすぐに閉めたことを理解した。
それに気付いた瞬間、奈落の底へと突き落とされた。
あまりのショックに震えて涙が出てきた。
絶対気持ち悪い男だと思われた。
もしかしたら始業式の日には、ナマエの自宅まで押しかけた気味の悪いストーカーとして学校中で噂になっているかもしれない。
可愛らしくて優しい彼女の口から気持ち悪いと言われるのを想像して、胃がキリキリと痛んだ。
絶望が頭の中を埋め尽くしていたそのとき、ふいにカーテンが開いた。
今度はすぐにカーテンが閉められることはなく、ナマエがこちらを窺っているのが分かった。
彼女と目が合って、ただただ茫然と見つめ返した。
そのうちに彼女が小さく手を振ってくれたので、ホッとして手を振りかえした。
嬉しくて、表情筋が緩んだ。
ほう、と小さく息が漏れた。
彼女が嬉しそうにはにかんだのが、最高に嬉しかった。
ご機嫌な様子で彼女がカーテンから手を離して後ろを振り返ったので、下りてくるのかな、と期待をしていたら再びカーテンが開いて下へ降りるジェスチャーをしていた。
浮足立っている様子の彼女に、どうしょうもなく心が満たされた。
この気持ちは僕だけじゃないんだ、そう思った。

雪を踏みしめて玄関へと近付いた。
少しでもナマエに早く会えるように。
待ち遠しくて、鼓動が高鳴った。
そのうちに玄関のドアがカチャリと開いてナマエが顔を覗かせた。
お待たせ、と言ってはにかんだのがとても可愛かった。
まるで最初から待ち合わせをしていたんだといわんばかりで嬉しかった。
ストーカーみたいだ、なんて考えは吹き飛んでいた。
甘い雰囲気に、自分の顔がにやけているのが分かる。
待ってないよ、とも言えなくて、ううん、とだけ何とか返した。
会話をするのはいつもライナーの役目で、僕はこういうときでさえ上手く話題を見つけることができない。
けど、それでも、ただただ好きな気持ちが溢れてお互いにはにかんでいるだけで、酔ってしまいそうな雰囲気だ。
雰囲気に酔っていたせいか、今更になって彼女の髪に雪が付いていることに気が付いた。
さっと傘を差しだす。
嬉しそうに、ありがとう、とはにかむ彼女が可愛い。
照れ隠しみたいに俯いていた彼女がふいにこちらを見上げてきて、上目使いが可愛い。
思わず見惚れていると、ベルトルトが濡れちゃう、と傘をこちらに傾けてきた。
ナマエが風邪を引くと困るから、いやいやベルトルトが、と押し問答になってしまった。
そのやりとりがヒートアップしそうになったときふいに彼女が考え込む仕草をした。

「ねえ、ベルトルト、折衷案ってことで、」

そう言って僕と彼女の間の距離をゼロにした。
腕と肩がくっついて、ドギマギして鼻血が出そうだった。

「こ、これなら、二人とも濡れないね」

さすがに恥ずかしかったのかほんの少しどもっている彼女が可愛い。
緊張して、う、うん、と何とか声を絞り出した。



ホワイトクリスマス、良いかもしれない。




 
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