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もうすぐ深夜に差し掛かる頃、カツカツとパンプスのヒール音を鳴らしながらアパートの階段を上る。
その音をぼんやりと聞き流しながら部屋のカギを取り出し、ドアを開けた。
昼間ならインターホンを鳴らすのだけど、遅い時間ということもあってそれは憚られた。

「ただいま〜」

間延びした声で、疲れた〜と続けると、奥の部屋から、おかえり、と返事が返ってくる。
ベルトルトが近付いてきて、お疲れ様、と労いの言葉を掛けてくれる。
パンプスを脱いだ私は、足先を擦りながら、

「しもやけなったかも〜」

うあ〜つめた〜、と溢した。
私が持ち帰ってきたビニール袋にベルトルトが視線を向けたので、説明のために口を開く。

「お酒買ってきちゃった、飲も?」

「飲み直し?」

「そう、飲み直し!」

以前なら、もうやめておきなよ、と諌めてきていたが、最近はもう諦めたのか困ったようにはにかむだけだ。
ベルトルトがビニール袋に手を掛けたので、そっちは彼にお願いして、私は奥の部屋へと上がった。
忌々しいストッキングをさっと脱ぎ捨てドサッと豪快にソファに沈んだ。
足を組んで上になった方の指を、ストレッチするみたいに自由に動かした。
血の巡りが良くなるとじわじわと痒みが出てくる。

「んあ〜コレ完全にしもやけだ〜」

言いながら盛大に伸びをした。
スーツの上着が伸びをする邪魔をしてきたので、これもさっと脱ぎ捨てる。



彼女が買ってきたお酒を冷蔵庫に入れ、つまみを戸棚に仕舞った。
もうやめときなよと言っても聞かないので、最近はさりげなく片付けてしまうようにしている。
部屋に戻るとナマエがソファに座って伸びをしていて、辺りに脱ぎ散らかしていた。
フローリングに落ちていたストッキングを拾い、続けてソファに半分掛かっていた上着を取るために彼女に近付いたところで徐に抱きつかれる。
バランスを崩しそうになったので、ソファの背凭れに片腕を置いて支えた。
彼女は抱きついたまま、あー、だか、おー、だか間延びした声を発している。
背中に回っていた彼女の腕が徐に下がっていきおしりを鷲掴んできたので、空いている片手でそれぞれ外した。
いい加減慣れてきたとはいえ、こういうことをされると未だに心臓がバクバクする。
彼女は顔面を僕のお腹に押し付けたまま、ケツもませろ〜と呻いている。

いつもの駄々っ子モードだ、こういうときの対処法は心得ている。

ナマエの頭にそっと手を乗せ、優しく撫でる。
もう片手を使うために彼女が座っているソファに片膝を乗せ、彼女を跨ぐようにしてバランスを取った。
そうして空いたもう片方の手で彼女の背中を優しく撫でる。

いつもはこうすると大人しくなって、嬉しそうに微笑んでくれさえするのだ。

「ママ〜おっぱい〜」

相変わらず顔を押し付けたままの彼女からくぐもった声で嫌な響きの言葉が聞こえた気がした。
背中に回っていた彼女の手が前に回ってきそうになったので、嫌な予感がしてその手を掴んだ。
ナマエは僕の鳩尾にぐりぐりと顔面を押し付けて甘えてくる。
普段なら可愛らしい仕草に思えるのだが。
心臓がバクバクして冷や汗が出る。
嫌な緊張に包まれていると徐に彼女が、

「かゆ、足かゆ、かゆい〜!」

と言いながら足先を手で触り始めた。
良かった、他のところに意識がいってくれて、と安心すると同時に、この好機を逃してはならないと思い、彼女に声を掛ける。

「お湯を汲んでくるよ、マッサージしよう」

そう口実を述べてさっと立ち上がった。
一刻も早くこの場から逃げるが吉だと思った。



浴室で風呂桶にお湯を溜めていると待ちかねたらしいナマエが僕の背中に圧し掛かってきた。

「ベルトルト〜」

「うん」

僕が返事をすると、彼女は黙って僕の首元に腕を回し抱きついてきた。
緩慢な動作が色っぽい。
彼女の吐息が耳に掛かってくすぐったい。
妙に甘えてくる彼女に、寂しかった?なんて冗談を飛ばせば、うん、としおらしい返事がかえってくる。
甘ったるい雰囲気にゴクリと生唾を飲み、彼女の手を撫でて柔らかな肌の感触を楽しもうとしたところで、

「あ、お湯溢れてる」

彼女の一言で現実に引き戻された。
風呂桶からはダバダバとお湯が溢れている。
慌ててお湯を止めた。
風呂桶の前に浴室用の椅子を置くと、彼女がそれに座って足をお湯に浸す。
あったかー、と呟いた彼女の顔が綻んでいた。
何だか嬉しくなって僕もそれに微笑み返した。
腕捲りをして彼女の足に触れる。
ゆっくりと指圧をかけるようにマッサージをすると、彼女は目を閉じた。
リラックスしてくれている様子だ。
親指の爪の側面あたりを擦ると、ぴくりと反応した。
おそらくここが患部なのだろう、痒いのを我慢している彼女は可愛らしい。
軽く下唇を噛んでいる様子がいじらしくて、悪戯心が刺激される。
同じところを刺激し続けていると、ん、と色っぽい声が漏れ聞こえる。
お湯に浸けている手からどんどん体温が上がっていっている感じがする。
もしかしたら、この甘ったるい雰囲気に酔っているだけなのかもしれない。
頬に伸ばされた彼女の手に、僕は顔を上げた。
色っぽい仕草と蕩けた様な表情に促されるように、ゆっくり近付いて口付けた。
吐息が掛かるか掛からないか程度の距離まで離れて見つめ合っていると、ふいに彼女が勢いよく抱き着いてきた。
抱きとめようとしたが、浴室ゆえに滑って後ろへと転倒してしまう。
その際に風呂桶のお湯を派手に被ってしまった。
僕に馬乗りになった彼女は、くすくすと楽しそうに笑う。

「一緒にお風呂入っちゃおうか」

耳元で吐息混じりに呟かれた言葉に、僕は耳まで真っ赤になってしまうのだった。




 
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