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「…アンタ、ベルトルトのこと見すぎなんじゃないかい」

「ベルトルトが可愛すぎて今日もご飯が美味しい」

食堂でベルトルトの向かいの席を陣取ったナマエは、周りのドン引きしている視線を気にすることもなくベルトルトをガン見しながら黙々と食事をたいらげる。
見かねたアニの指摘にも態度を改める様子は見られない。
ガン見されているベルトルト本人含め周りの訓練生は、いつものことだ仕方ない、と諦めて彼女のことは見て見ぬ振りをして食事を進める。

「…気にするな」

「…うん」

ナマエからあまりにも必死の形相で熱烈な視線を送られているベルトルトに同情したライナーがベルトルトを慰めた。
このやりとりが聞こえているのかいないのか相変わらずナマエはベルトルトの一挙一動を見落とさないようにガン見しながら食事を胃袋に収めていく。
ちなみに、食事を平らげたあとはいつもベルトルトを舐めるように眺めている。
落ち着いて眺められる時間を少しでも確保するために黙々と食事を平らげているわけだ。
その執着心の強さにベルトルトが怯えるのは無理もないだろう。

「ごほっ!」

唐突に咳き込んだナマエに周囲の視線が集まる。
気管に入ったのか苦しそうにげほげほと咳き込んで涙目になっているが、相変わらず視線はベルトルトに向いたままだ。
ナマエの視線を辿ってベルトルトを見たユミルは悟った。

ああ…あれに悶えたのか

ナマエとユミルの視線の先にいるベルトルトはちょうど手の甲で口元を拭った体勢のまま固まっていた。
その顔は瞠目していて表情に動揺と怯えが滲んでいるのが見て取れる。

「おい、大丈夫か」

「うん、大丈夫…ベルトルトがいれば私は何でもできる」

ライナーの気遣いにも相変わらずの様子で返事したナマエは咳き込むのが落ち着くと再び黙々と食事を胃袋に収めていく。
ライナーを筆頭に周りの常識のある訓練生たちは、こいつ大丈夫じゃねえな…と哀れみの視線を送っていた。

「あの、あんまり見つめられると食事に集中できないんだけど…」

耐え兼ねたベルトルトが恐る恐るそう告げると、ナマエは目をかっ開いてぐるりと彼に背を向けたあと両手で顔を覆って俯いてしまった。
耳が赤くなっている。
おそらく彼女の顔は今真っ赤になっているんだろう。
あまりにも初々しい反応に周りが圧倒され和む者すら現れる中、ユミルは苦い顔をしていた。
おそらく彼女の心情を察しているんだろう。

あああああああああどうしようどうしようどうしようベベベベベベルトルトにっはっははは話しかけられちゃった…!う、うわあああああああ

心臓がドクドクと早鐘を打ち落ち着かない。
胸がきゅうっと締め付けられてくすぐったい。
顔の筋肉が緩んで口元がにやけるのを抑えられない。
どうにもならないほど、恥ずかしい。
視界を遮ったせいかやけに敏感になった聴覚が、ベルトルトが食事する音を拾って嫌というほど脳内に刻みつけてくる。
全身を駆け巡る甘酸っぱいくすぐったさに、ナマエは身を縮こまらせて耐える。

少し離れた席からその様子を窺っていたジャンが彼女の様子に心動かされたらしく、チッと舌打ちをしてベルトルトに野次を飛ばす。

「おい、ベルトルト、お前も男ならナマエになんとか言ってやったらどうなんだよ」

きっとミカサと結ばれることがないだろう現状のジャンにとって、こんなにもアピールされているのに行動を起こさないベルトルトが妬ましいのだろう。
ベルトルトが困った顔をする。

「え、いや、僕は…」

ちらりとベルトルトはナマエを見遣る。
背を向けていても見える赤く染まった耳に、両手で顔を覆い身体を縮こまらせているそのさまは、いつもの獰猛さなど微塵も感じさせない。
ほんの少し震えているようにも見える彼女を、自分の感情がセーブできていないのかと受け取るとなんだか健気で可愛らしくも思えてくる。

いつもこうだったら怖くないんだけどな…

いつもの彼女とあまりにもギャップがありすぎてどう言葉を掛けていいのか分からない。
ベルトルトの中に根付いた恐怖心が行動をセーブする。

「あー…えっと、もう食べ終わったから、」

ジャンは内心、そうじゃねえだろ、と毒づいてナマエの様子を窺った。
彼女は未だに同じ体勢で身体を縮こまらせたまま小さく数度頷いただけで、行動を起こす様子は見られない。
勢いよく振り向いていつものベルトルト鑑賞が始まると思っていた周囲の訓練兵たちは意外そうに目を丸めた。

「え、と、ナマエ…?」

ベルトルトが彼女の名を呼ぶとナマエは勢いよく立ち上がった。
そそくさと食堂から逃げるように走り去ってしまう。
走り去っていく彼女の横顔は、耐えるように唇を噛み締めていて瞳は潤んでいてくしゃりと歪められた顔は赤く染まっていて。
ベルトルトの胸の鼓動が小さく跳ねた。
胸が締め付けられるような感覚がした。
気のせいかも、と思い捨てられる程度の違和感に、ベルトルトは首を傾げるのだった。



女子寮で体育座りで膝に顔を埋めていたナマエが、戻ってきたアニの声を聞きつけて顔を上げる。

「ねえ、アニ、私、変だ」

「あんたはいつも変でしょ」

アニは何を今更といった風に溜息を吐いてみせた。

「ベルトルトが可愛すぎて、おかしくなっちゃった…」

そう言って熟れた林檎のような顔を再び膝に埋めた彼女を見て、アニはどうしたもんかね、と考える。
ベルトルトはもちろんだが、こっちも相当な難アリだ。

ナマエは一度も“好き”だとは言わず、可愛いと言っている。
こんなに取り乱して彼に対して恋愛感情を持っていることが周りにはバレバレだというのに、当の本人が気付いていないのだ。

これは相当面倒くさいことになりそうだと、アニは深いため息を吐くのだった。


 
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