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夜空一面の星空の下、ひと組の男女が佇んでいた。
心地良い風が、湯上りの火照った身体を緩やかに冷ましていく。
ナマエは風に掬われて崩れた髪型を直すように手櫛で整える。
ほんのりと優しい匂いがジャンの鼻腔をくすぐった。
どくん、と心音が一際大きくなる。
緊張して頭が上手く回らなくて、思わずナマエに、良い匂いだな、なんて声を掛けそうになってしまう。
口を開けて小さく息を吸い込んだところで思い止まったジャンは、片手を口元に当て誤魔化すように咳き込んだ。

「あー…、その、星が、綺麗だな」

「うん」

都会の喧騒では味わえないような澄み渡った空気が肺を満たす。

「…綺麗」

呟いた彼女へと視線を向けると、綺麗な横顔がジャンの目に映る。
嬉しそうな、穏やかな表情をしている。

「お前の方が綺麗だ」

ナマエがぽかん、といった擬音語が似合いそうな表情でジャンの方へ顔を向ける。
思わず口が滑ってしまったため慌てて、あ、いや、その、などと口篭ってしまう。
普段エレンに突っ掛っていくような悪人面の彼からは想像できないようなあどけない表情で顔を真っ赤に染め上げている。
思わずナマエが吹き出すように笑う。

「ふっ、く、ふふふふふ、」

「な、なんだよ、笑うな」

ひいひいと息を切らしながら腹を抱えて笑うナマエの様子に、羞恥心を刺激されたらしくジャンの顔にさらに血液が集まる。
あークソッ!と吐き捨てながらガシガシと頭を掻いた。

「ありがとう、ジャン」

「…おう」

一通り笑い終えたらしいナマエは指先で涙を拭いながらジャンに褒められた礼を告げる。
ジャンが不本意そうに返事をする。

「私が綺麗なんじゃなくてね、ジャンがそうさせてるんだと思うの」

「は?」

「人の魅力って造形の美醜もあるけど、表情による部分が大きいんだって」

いきなり持論を語りだした彼女は、いまいち話の内容が掴めていないジャンをそのままに進める。

「だから、もし私が綺麗に見えたんだったら、こうやってジャンの隣で星を見れたから」

話しながら、ナマエの頬にほんのりと朱が差す。
彼女に視線が、感覚が、全てが釘付けになる。

「つまり、なんていうか、ジャンと一緒にいれて嬉しいってこと、かな」

照れくさそうに上目遣いでちらりと様子を窺ってくる彼女に、ジャンの鼓動が高鳴る。
生唾を飲んだ。
ナマエに釘付けになった視線とかち合うようにじっと見つめ返してくる。
興奮して呼吸が荒くなる。

「なあ、キス、してもいいか」

返答を待つ間にもじわりじわりと彼女との距離を詰めていく。
彼女の口角が上がったのを見て、期待と高揚で手が震え始めた。

「だーめ」

「…は?」

にんまりと笑いながら、言い放たれた彼女の言葉を理解するのに少しの時間が掛かった。
昂っていた感情がすとん、と一気に冷めていく。

「、は?…え…お、おい」

宿舎の方へと歩き出した彼女はジャンの方を振り返って天を指差す。

「こんなにたくさんのお星様に見られてたら恥ずかしくてできないよ」

そう言った彼女の表情はにやにやと嬉しそうで。
どう見ても恥ずかしそうに見えない彼女を追って、ジャンは駆け寄る。
きゃーと小声で叫びながら嬉しそうにジャンから小走りで逃げる彼女に、釣られてジャンも、あ、おい、待てコラ!なんて言いながら追い掛け回す。



そんな幸せそうな二人の様子を、何も言わずにただきらきらと瞬きながら星空は見守っていた。


 
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