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□short
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家の中に何かただならぬ気配を感じた。
自宅は屋敷という表現がしっくりくるもので、敷地面積は広く屋根瓦も立派で外目には立派な日本家屋なのだが、内装は増改築を繰り返しているのがすぐ分かるようなちぐはぐな家だ。
そんな自宅の一番端の部屋、自室で私は何か人間らしからぬものの動く気配を感じた。
腹の底を圧倒的な恐怖感が急速に冷やした。
その恐ろしいほどの恐怖感を原動力として、私は室内にあった手頃なサイズの金属物を手に取り握り締めた。
ゆっくりと自室から顔を覗かせ部屋の外を覗き見る。
近くにはいないのかな。
気配を殺し慎重に歩を進める。
自室からほんの1,2メートル歩いて隣の部屋を覗き込んだとき、見付けた。
いや、目が合った。
それは、骨格標本の首元に緑色の薄汚い布切れをマントのように巻き付けた、所謂ワイトのような姿形をしていた。
異形の者を視認してしまった私は恐怖に駆られながらも冷静に生き残るために体を動かす。
先手必勝といわんばかりに室内から持ち出した金属をしっかりと握り締め、ワイトへと殴りかかり相手の体勢を崩す。
すぐには立ち上がって追って来れないだろうと判断して、自室と反対側にある二階へと向かう。
日本家屋なせいで襖や障子で仕切られた部屋がほとんどであり鍵はついてないのだが、二階は増築したときにドアを取り付けたため鍵を掛けることが可能なのだ。
たいした知恵も力も持っていなさそうな彼らなら、とりあえず鍵のある部屋まで行けば一安心できるだろう。
そう考えて、周りを警戒しながら慎重に、できるだけ早く進んでいく。
ワイトと1,2回遭遇しながらもなんとか二階の階段へとたどり着く。
そこにはまた一体ワイトがいた。
衛兵のように階段を守っているようにも思える。
私が金属を握り締め殴りかかろうと拳を振りかざすとワイトは怯えるように背を向け小さく蹲った。
やった、これでうなじが丸見えだ。
彼らの弱点を直感的にうなじだと知っていた私はワイトのうなじ目掛けて全力で憎しみを込めて何度も拳を振り下ろす。
ワイトは抵抗する様子も見せずただ蹲っている。
ゆっくりと背後から別のワイトが近付いてきたが、数メートル離れたところで立ち止まり、それ以上私に近付いてこようともせずただ遠巻きに怖々と眺めてくる。
私はそれを一瞥するも、こいつらがこんなにも弱かったことを知って、確証して、ただ本能の赴くままに殴りつけた。
そのうちに無抵抗で殴られ続けていた気弱なワイトが、ううだとかああだとか呻き声を上げ始めた。
啜り泣いているようにも思える。
この根性なしめ。
ワイトの様子が気に食わなかった私は、脇腹やら背中やらを蹴りつける。
弱点なんてもはや念頭になく、ただ感情を発散するために痛めつけた。
周りにいたワイトのうちの一体がへこへこと低姿勢で近付いてきた。
お前もやられたいのか、と睨みつけると恐れをなしたように後ずさる。
彼らに抵抗の意思がないことを確認した私は、堂々とした足取りで2階へと続く階段を踏み鳴らして登った。

しばらく時間が経つと、ワイトが召使いとして世話を焼いてくる生活にも慣れてしまった。
特に殴る蹴るをしつこく行っておいた気弱なワイトは、やたら機嫌を窺ってくる。
私がベッドに横になっているとマッサージでもしようとしたのかワイトの手が布団越しに触れてくる。
どこか嬉しそうな、下心のありそうな気配を感じ取った。
全身骨だからか力加減ができないらしく若干押さえ方の強い彼の手を、痛い!やめろ!と乱暴に払いのけて一蹴する。
そのまま私が、顔も見たくないとでもいうように布団を頭から被ると、気弱なワイトが怯えるように室内から出て行く気配がした。
しばらくして、ちょっと落ち着いてきた頃、誰かが布団の上から私に圧し掛かってきた。
またさっきのワイトか、と思って苛立つと、布団から顔を出して文句を言おうとした。
布団を下げたことで開けた視界には、久しく見ていなかった他人の肌色が映り込んだ。
口元に、熱い感触。
目の前に、熱源。
何が起こったのか分からなくて混乱して呆然としていると、今しがたキスしてきた目の前の熱源こと人物が私の口元に大きな手を充てがい、騒がないで、と囁いた。
室内が暗いせいでしっかりと顔は認識できなかったが、長身で適度に筋肉のついた黒髪の男性であることが分かる。
声はとても低く、掠れていて色気がある。
声色から何やら切羽詰っていることが窺えた。
ぼんやりとした頭で彼の声を聞く。
彼がぐっと顔を近づけてきたので薄暗い中でもなんとなく表情が見える。
安心したように微笑んだ。

「君を迎えに来たよ」



ふんわりと暖かい感触が戻ってくる。
私を包み込んでいるこれは、毛布だ。
こんな暖かい感触は随分久しぶりに感じたような気がした。
今までにない安心感が私を優しく包み込む。
感覚がどんどん戻ってくると、背後の熱源にも気付いた。
私を背後から抱きしめているそれ、ベルトルトが、お腹に腕を回して抱き締めてきていて、どうにも生々しく感じられた。
お腹に回されている腕に触れてみる。
骨格のしっかりした、適度に筋肉のついた、質量のしっかりある安心できる腕だ。
男性だからだろうか、結構太い。そして長身に見合う長さがある。
えも言われぬ羞恥心にじわじわと苛まれていると、お腹に回っていた腕がするりと抜けていく。
一旦離れてくれた腕は、私の首と敷布団の間を通って後ろからするりと伸びてきて、肩をしっかりと抱き寄せた。
色気のない言い方をしてしまえば、肩を抱いている腕がうっかり首へずれ込んでしまえばチョークスリーパーになってしまうような体勢だ。
もう片方の腕がゆっくりと布団の中を移動して、私の口元、頬、と顔面を優しく撫でていく。
恥ずかしさから、緊張から、

「ベ、ベルトルト…?」

呟くように彼の名を呼んだ。

「ん」

肯定するように、促すように返事をした彼の声は、やはり低くて掠れていて色気があった。
ただ、夢の中で聞いたものとは違って切羽詰ってはいなかったし、寝起きらしい間延びした声をしていた。
後ろから抱き締められているせいで私が動けないのをいいことに、ベルトルトは私の後頭部に鼻を押し付けるようにして深く息を吸い込んだ。
味わうようにゆったりと息を吐き出す。
自分の匂いを嗅がれているのだと思うと、かっと頭に血が上るように恥ずかしくなった。
私の顔や頭を撫でたり抱き締めたりと自由に行き来していた手が、徐ろに敷布団について彼の体重を支える。と同時に腕枕のようにしてしっかり抱き締めていた腕も引き抜かれて横を向いていた私の肩を掴んで優しく仰向けにする。
あっという間に彼に押し倒されてしまった。
寝起きでまだ目蓋が上がりきっていないとろんとした彼の目と視線がかち合う。
吸い寄せられるように腕を折って体ごと近付いてくる。
互いの唇が触れる。
彼が長い腕を肘までべったりと布団につけて私を囲む。
顔に掛かった彼の息が思いの外熱くて脳みそが痺れる。
少しでも離れたくないとでもいうように唇はぴったりと張り付いたまま、時折舌で優しく舐められる。
口元を塞がれているせいで荒くなる鼻息が、彼の顔に掛かるのが恥ずかしくて、上手く呼吸ができなくてどんどん息が苦しくなる。
そのうちに熱い舌が唇の割れ目を辿るようになり、早く中に入れてくれとゆるゆると誘導する。
恥ずかしさがもう限界で、熱くて、息が苦しくて、やんわりと彼を押し返した。
優しい彼のことだからすぐやめてくれると思った。
あれ、意図が伝わらなかったかな、と思って今度は彼の胸元をトントンとノックする。
彼が口付ける角度を変えて唇をはむ、と咥えた。
私を離す気がないことを悟って、焦って押しのけようとぐいぐいと彼の肩を押す。
大きくて筋肉質で固いベルトルトの体はビクともしなかったが、鬱陶しく感じたらしい彼は私の両手を頭上で纏めあげ片手で押さえつけた。
その間も全く唇を離してくれなくて、とっくに息は限界で、いつの間にかしっとりと汗をかいて酸欠になりかけていた。
彼の顔に息が掛かるのが恥ずかしいなんていってる場合ではなくて、鼻呼吸で必死に酸素を取り込む。
その際、鼻から息を吐いた時に抜けるように声が漏れてしまった。
ちゅ、と軽くリップ音を残しながらベルトルトが離れる。
近すぎてぼやけていた彼の顔が比較的はっきりと見えるようになる。酸欠のせいで少し霞んで見える。
上気した頬で息も荒くなりながらも嬉しそうに、気持ち良かった?なんて訊いてくる。
そんなベルトルトの言葉に反応を返している余裕もなくて、私はただやっと解放された口を金魚みたいに不格好にパクパクと動かして必死に肺へと空気を叩き込むのだった。


 
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