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訓練の合間の空き時間。
ナマエを見掛けたことでマルコの心臓がトントンとノックされる。
ふいに彼女と目が合ったことで、ぽかんと間抜けにも半分開いていた口を閉じて表情を整えるように口元を引き結んで口角を上げた。人の良さそうな笑みを浮かべてみせる。
マルコと目が合ったナマエは、お、といった感じで一瞬瞠目するも特にこれといった表情は見せずに、ザッザッと地面を踏みしめる足音をさせながら近付いた。

「え、ナマエ、?」

一向に止まる気配のない彼女に困惑して、マルコが呼び止める。
こんなにもドキドキと忙しなく心音が鳴り響いているマルコとは対照的に、彼女は平然と目の前、至近距離まで近付いてやっと立ち止まった。
マルコより身長の低い彼女から至近距離で上目遣いで見つめられる。
マルコの喉が、ごくり、と動いて嚥下した。
動揺してマルコが数度瞬きしている間も彼女は、じーっとマルコの顔を見つめている。

一体なんだろう。
キス待ちをしているようにも見えるけど、決してナマエとはそんな間柄ではない。

自分で考えたキス待ち、という言葉に、マルコの顔が、かーっと熱を持つ。
心臓の高鳴りに、頬に集まる熱に耐えかねてもう一度彼女に話し掛ける。

「その、何か用かな?」

「んー、マルコのそばかす数えてる」

無表情でマルコの顔を見つめながら淡々と告げられた彼女の言葉に、虚を突かれる。

まさかそんなところをじっくりと見られているとは思ってもみなくて、恥ずかしくなって両手で覆うように頬を隠す。

「変なとこ見ないでくれよ。恥ずかしいな」

マルコが照れ笑いを浮かべながら言葉を紡ぐ。
ナマエが一瞬目を見開いてマルコに抗議する。

「まだ数え終わってないのに」

不服そうにむすっとした彼女が、なんだか可愛らしい。
なんでそんなことをしようと思ったのかという思考回路はよく分からないが、何にせよ自分に興味を持ってもらえたことが嬉しくて、胸の奥がくすぐったくなる。
くすぐったさから、居た堪れなさから、何か話題を探そうと逃げ腰になる。

「ごめんごめん。あー…、えっと、僕じゃなくてユミルとかに頼んでみたらどうかな」

「ユミルじゃだめなの。私はマルコのそばかすの数が知りたいんだから」

ユミルを引き合いに出して予防線を張ろうとしたところを、彼女への気持ちを気取られないようにずらそうとした話題を、核心を突くようにナマエにぴしゃりと言い捨てられる。
彼女の声が、言葉が心臓を射抜いたみたいに、どくん、と不整脈が起こった。

どういうつもりで、言ったんだろうか。
これじゃ、僕に気があるみたいに取られても仕方ないんじゃないか。
彼女の態度は、どう見ても僕に好意を寄せているとは思えないのに。
ずっと一方的な気持ちだと、片想いだと思っていたのに。
どうしてそんな、人の心情を掻き乱すようなことを、いうんだろうか。
勘違いしても、いいんだろうか。

静かに空気を吸い込んで、息を整える。
彼女と目が合って、真っ直ぐに視線が交わって、静かに口を開いた。

「…もうすぐ休憩も終わるし、そろそろ戻ろうか」

僕がそう言って訓練場の方へと歩き始めると、隙あらば数えてやろうと覗き込みながらついてくる彼女が可愛くて、嬉しくて。
切なさが募った。



もう少しの勇気があれば叶うのかもしれない。
だけど、もしかしたらって。
僕たちの距離は平行線のままだ。


 
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