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獣の咆吼、にしては甲高くノイジーな雄叫びを上げる。
その音は、反響することなく荒野の果てへと吸い込まれていった。
巨人化していることによるノイズの多い視界でぼんやりと荒野の向こうを眺めながら、これからの作戦を思い、壁の映像が視界に被るように描かれる。
立体機動装置で飛び回る仲間たちのところまで思い描いて、遠くに大地の揺れる音を聞きつけ、くるりと反対側へと身体の向きを変え、走った。
きっと今頃、アニもシガンシナ区の外門へと向かって走っているだろう。

私とアニはシガンシナ区南方でそれぞれ東西に分かれて、巨人を集めていた。
そうしてこれから、シガンシナ区外門付近に待機しているベルトルトとライナーに合流する予定だ。

砂嵐の起こったテレビみたいなざらざらした視界の中で、そろそろ見えてくるだろう馬を探す。
脅かさないように走る速度を落としていって、自然に立ち止まるくらいまでになるとそのまま流れるように巨人化を解いた。
メリメリと項の肉を裂いて、大量の蒸気に包まれながら慣れた手つきで這い出てくる。
巨人化したことによる身体のだるさをじんわりと感じながらも、手際よく馬に乗りシガンシナ区外門へと急ぐ。
規則正しい馬の駆ける音をしばらく聞きながら走っていると、後方から複数の巨人の追いかけてくる足音が聞こえる。
きたきた、なんて頭の中では軽口を叩きながらも、ほんの少しのミスが命取りになりかねない重要な場面であるために、きっちりとした姿勢で真っ直ぐに進行方向を見つめながら、ぎちり、と手綱を握り締めた。
シガンシナ区の数百メートル手前で待機していたベルトルトとライナー、アニに合流して外門を目指す。
合流するのはどうやら私が最後のようだ。
壁までたどり着くと、元々壁付近にいた巨人たちに捕まらないうちに立体機動で壁面を移動する。
それぞれが目的の外門を確認できる位置に着くと、一息つく。
集めてきた巨人たちが近付いてくる頃合を見計らってアイコンタクトをとり、ベルトルトが尋常ではない量の蒸気を発しながら巨人化する。
辺り一面に雷が落ちたかのような轟音と空間の歪みが起こる。
ベルトルトが片足を振り上げ門を蹴破り、巨人化を解いて再び立体機動で壁に張り付く。
しばらくそのまま様子を見て、壁内から聞こえてくる悲鳴、怒号から判断してワイヤーを巻いて壁上へと登った。
劈くような悲鳴がより近くに聞こえる。
壁上へと顔を出すと、住民の避難のために奔走しているらしく壁上には碌に兵士の姿が見当たらなかった。

「やった!空いてるね!」

考えていたよりずっと作戦が上手く運んでくれるので嬉しくなって、思わず笑顔でみんなに話し掛けた。
アニが何か言いたげに眉間に皺を寄せると同時にライナーに、気を緩めるなよ、と嗜められる。
ちらりとベルトルトの方へ視線を移して、彼が薄く笑っているのを見て安心して、嬉しくなって、楽しくて、やる気が満ちてくる。

アニと私、ライナーとベルトルトの二手に分かれて、内門へ向かって壁上を走る。
立体機動装置を隠すために羽織っているケープが風に靡く。
ちらりと壁内を見下ろすといい具合に巨人が進行してくれている。
アニと二人で巨人を集めておいたのが功を奏したみたいだ。
外門から内門へと半分の距離も走っただろうか、その辺りで中年兵士二人とかち合った。
おそらく入口の様子を見に来たんだろう。
彼らはナマエたちを目にして驚きはしたものの、

「どうしてこんなところに子供が」

「危ないだろう、早く避難するんだ」

と、保護する体勢だ。
とん、と軽く壁から飛び降りてアンカーを壁面上部へと打ち込む。
振り子運動で兵士を通り過ぎるとき視界上部の端に見えた彼の顔は、何が起こっているか全く理解していない酷く低脳そうなものだった。
そのまま流れるように壁上に降り立つと同時に背後から兵士の首を切り落として確実に脊椎を損傷させる。
壁内の人間が巨人化できないことは分かってはいても、脊椎をきっちり破壊してしまわなければ何となく気が済まなかった。
同じようにアニももう一人を倒し終え、アイコンタクトを取ってどちらからともなく目的地へと走る。

内門が見えるようになって随分近付いてきた頃。

「アレ、」

アニに言われて彼女の視線を辿って門を見てみると、ゴゴゴゴゴ、という仕掛けが動く音と同時に門が閉まり始めていた。
中ではまだ兵士たちが応戦していたので、このまま対応が遅れて内門も放棄されるものと侮っていた。
非人道的ではあるが、いい判断といえるだろう。
思わず舌打ちをする。
走りながら、どう対応するか考えていると、ふと挙動の不自然な巨人が目に付く。
脳が一瞬にして、ライナーだ、と弾き出す。
大きく地面を揺らしながら、他の巨人とは比べ物にならない速度で走ってライナーが内門へ突っ込んでいく。
バカン、と簡単に破壊された内門に、人々の悲鳴がさらに大きくなった。



日も暮れかかってきて、やっと今日の開拓作業を終える。
耕具を片付けて、アニ、ベルトルト、ライナーと一緒に寝床へと歩いた。
訓練兵団に入るまではやることないね、なんてアニと話しながらも、近くにいた大人がこんな話をしていた、壁内での王制は〜なんて真面目に任務の話をする。
ふと視界の端でベルトルトが寒そうに手をこすり合わせるのが見えた。
彼の隣に並んで話し掛ける。

「ベルトルト、寒い?」

「ああ、うん…まあ」

ベルトルトが控えめに肯定して苦笑いしていると、ライナーが会話に割って入る。

「成長が早いから服の袖が足りなくなってるな。アニ、お前身長分けてもらったらどうだ?」

ライナーにからかわれたアニは、ジロリと忌々しげな視線を向けていた。
ライナーがアニに喧嘩を売っているのも気になりつつも、ベルトルトが寒そうにしているのが心配だ。
じっと彼の袖が足りなくなってきている腕を見ていると、自然に口から考えが零れていた。

「あ!ベルトルト、暖めてあげる!」

いいことを思いついた、といわんばかりに、にぱっと満面の笑みで彼の手首を握り締めた。

ナマエの可愛らしい手が手首を包んで優しい体温を分けてくれる。
同じように開拓作業に勤しんでいるはずなのにも関わらず、彼女の手の平は僕やライナーと違って柔らかい。
きゅ、と握り締めている指先が、心地いい手の平をぴったりとくっつけてくれている。
じんわりと温度が伝わってきて、次第に二人の温度差がなくなってきて、まるで融けていくみたいだった。

手元をじっと眺めていると、ふいに意識が引っ張られるように彼女の顔へと視線が持ち上がる。
ぱちり、と視線が合って、鼓動が跳ねた。
とくとく、と小刻みに刻むそれがくすぐったい。
僕と目の合った彼女は、はにかむみたいに口角を上げて口を開く。

「ね、暖かい?」

「…うん」

僕のたったひとことで、幸せそうに嬉しそうに満面の笑みを浮かべる彼女が、太陽みたいに暖かかった。


 
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