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□bifrostU
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小学生の頃、僕たちはいつも三人一緒に学校から帰っていた。
それが毎日すごく楽しみで、当たり前になっていたのに、ある日突然ナマエちゃんが、今日は先に帰ってて、なんて言ったんだ。
それが僕はひどくショックで、打ちひしがれた気持ちでライナーと二人でとぼとぼと歩いて帰った。
家に帰っておやつを食べても気分は晴れなくて、どうして一緒に帰ってくれなかったんだろう、って、今日も一緒に帰りたかったな、って、あの子の顔が見たかったな、って、話したかったな、ってずっと考えてた。
そしたら家のチャイムが鳴って、母さんが出たんだけど、僕が呼ばれて晴れない気分のまま玄関へ行ったんだ。
来客は、蓮華の華冠を持った彼女だった。
ずっと想っていた彼女に会えて、それだけで僕は心が弾むのを感じた。
僕の姿を見ると、いつもの屈託のない笑顔でナマエちゃんは僕の名前を呼んだんだ。

「ベルトルト、これ、華冠作ったの!」

そう言って背伸びをして僕の頭に華冠を乗せようとして、背が足りなくて僕にしゃがむようにナマエちゃんがお願いする。
そうしてやっと華冠を僕の頭に載せて、彼女はいっとう嬉しそうにはにかんだ。

「やっぱり、ベルトルトに似合うと思ったの!」

少し誇らしそうに、喜色をいっぱいに滲ませた満面の笑みで、ナマエちゃんが言った。
彼女が嬉しそうにするのが、とても嬉しくて、僕までいつの間にか幸せな気持ちでいっぱいになっていた。
にこにこと笑うナマエちゃんに、ありがとう、とお礼を言ったら、私こそ貰ってくれてありがとう、と言われた。
お礼を言うのは僕のはずなのにナマエちゃんがお礼を言う理由が僕には分からなくて、でも僕は何だか彼女はとても素敵な女の子だと、そう感じた。

僕は嬉しくて、その華冠をずっと眺めていた。
ナマエちゃんが帰ってからは自分の部屋の勉強机の上に置いて、じーっと眺めていた。
晩ご飯も急いで食べて、お風呂もささっと入って、お母さんに早く寝なさいと注意されるまで、ずっと眺めた。
そうして寝るときに、大事に大事に宝箱の中にしまって、幸せな気持ちでいっぱいのままベッドに入った。




次の日も、授業のことはあんまり覚えてないけど、ずっと幸せな気持ちだったことは覚えている。
僕の世界全部が幸せな優しい空気に包まれていた。
昨日は華冠のために一緒に帰れなかったけど、今日はナマエちゃんも一緒に帰ってくれて、すごく満たされた気持ちだった。
ライナーがいつもみたいに話を盛り上げて、ナマエちゃんがいつもみたいに楽しそうに笑って、そういういつもの優しい景色が過ぎていった。
家に着いてすぐに華冠のことを思って、ふと、帰り道に蓮華畑があったことを思い出した。
きっとナマエちゃんはそこで華冠を作ったんだ。
そう思い至ると同時に僕は、指輪を作ろう、と思った。
思い立ってすぐに僕は花畑に向かい、指輪を作った。
蓮華の指輪はあっという間にできてしまった。
ナマエちゃんに渡すつもりで作ったものの、彼女の家に向かうのがなんだか足が進まなくて、行動に移せないで花畑で座り込んでいると、そこに公園へ向かう途中のライナーが通りかかった。

「何やってるんだ、ベルトルト」

「指輪作ったんだ」

「これで作ったのか?」

「うん」

「俺にも作り方教えてくれよ」

話のネタくらいのつもりで気さくにライナーは蓮華で指輪を作り始めた。
僕が作ったものよりはやっぱりちょっと歪んでいた。

「これ、ナマエにやろうぜ」

悪戯っ子みたいに笑ったライナーは僕を引っ張って彼女の家へと向かった。
ナマエちゃんに渡したかった僕には渡りに船だったけど、ライナーも指輪をあげるつもりなのがちょっと気分を落ち込ませた。
ライナーよりも僕のほうが上手に作れた自信はある、けど、僕がライナーに勝てたことなんて、今までひとつだってありはしないんだ。
それが、怖かった。

ピンポーン、とインターホンを鳴らして、ライナーがナマエちゃんのお母さんと話して、ナマエちゃんが少し驚いた顔で出てきてくれた。

「なになに、どしたの」

「これ、お前にやる。結婚指輪ってやつだ」

僕はびっくりして、ひゅっと胸が寒くなって、ライナーを勢いよく見た。

「ライナー、結婚指輪は結婚してからあげるものだよ。婚約指輪、っていうんだよ、結婚前にあげるの」

指輪を受け取った彼女は、今と変わらず大人びた口調でそう諭した。
そうして嬉しそうに、ありがとう、とはにかんだ。
その笑顔が、僕はもういらないんじゃないかって気分にさせて、この場から消えてしまいたい気持ちにさせた。
どうしようもなく居た堪れなくて、僕の心は萎縮しきってしまっていた。
だって、ライナーとナマエちゃんは、どう見たってお似合いだったんだ。
みんなから頼られるお兄さんなライナーとお姉さんなナマエちゃん。
二人は学級委員にもよく選ばれてて、いつもみんなから囲まれる存在だ。
僕の入る余地なんてないって、肌で感じていた。

だから、ライナーが、ベルトルトも渡すんだろ?と僕に声を掛けたときは本当に身が竦む思いをした。
公開処刑だ、って思った。
なんで晒し者にするんだ、ってライナーのこと批難したくなった。

促すように、にっこりとナマエちゃんが僕に微笑んで、僕は仕方なく、おずおずと指輪を差し出した。

「…これ、」

「わあ、すごい、素敵」

ベルトルト、上手だね、と僕に言葉を掛けてくれたナマエちゃんは、昨日と同じ屈託のない笑顔を僕に向けていた。
それで僕はするすると絆されるみたいに、

「よかったら、これ、」

あげるよ、と続けるように、そう言っていた。

「わあ、いいの?嬉しい」

僕からの指輪を受け取って、ありがとう、と言った彼女は、喜色をいっぱいに滲ませた満面の笑みを浮かべていた。
昨日の華冠のときみたいに、幸せそうに。
その顔を見ると途端に昨日の気持ちがぶわっと一気に溢れかえって、さっきまでの気持ちはどこかへ忘れてしまっていた。
堪らなく嬉しくて、うん、と返事をした僕にまた彼女が幸せそうに笑いかける。
まるで幸せの連鎖だ。
どこまでもこの幸せな気持ちがお互いを通して増幅されていく気がした。
ナマエちゃんが笑って、僕が嬉しくなって笑って、ナマエちゃんがもっと嬉しくなって笑う。
どんどん増えていく幸せが、いつか世界だって飲み込めるくらいに育つ気がした。
彼女となら、できる自信があった。



数日だろうか、数ヶ月だろうか、しばらくして僕は幸せな思い出を胸に、胸をときめかせながら宝箱を開いた。
そこに広がっているはずの鮮やかな蓮華の華冠は、いつの間にかすっかり萎びてかさかさに縮んでしまっていた。
思わず、え…、と声に出てしまうほどショックだった。
暖かくて、色鮮やかで、芳醇な、優しいあの思い出は、僕の知らない間にミイラになってしまっていた。
それがひどく悲しくて、怖くて、僕はそれを捨てることさえままならず、ひっそりとその宝箱は今でも部屋の片隅で埃を被っている。





今日、放課後の教室で読書をしていた彼女が使っていた栞が目に留まった。
それに気付いた彼女が、懐かしいでしょ?なんてはにかんだ。
僕が送った蓮華の指輪を押し花にして栞にしていたらしい。
僕の華冠と同じように干からびているはずの蓮華の指輪は、瑞々しさはないものの、栞の中で未だに色鮮やかに息づいていた。

昔と同じように大人びた口調で、喜色をいっぱいに滲ませた満面の笑みを浮かべる彼女が、まるでその栞みたいに思えるのだった。




 
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