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□bifrostU
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テスト期間の図書室。
それが俺と彼女の唯一の繋がり。
といっても、いつも俺が一方的に彼女を見ているだけでしかないのだが。



(…はー、だり。)

家に帰ってもついつい漫画を読んだりゲームをしたりしてしまうため、図書室でテスト勉強をすることにした。
遊ぶことのできない環境を作らないと、なんだかんだずるずると誘惑に負けてしまうのだ。
ジャンは図書室の閲覧スペースで、盛大にあくびをした。
いつもはガラガラの図書室だが、テスト前のこの期間だけは大いに賑う。
そしてどの生徒も目的は同じようで、みな一様にテスト勉強をしていた。
教科書に向き合いたくなくて、ジャンは何となく周りの生徒たちを眺めた。
隅の席にカップルが陣取っているのを見付けて、思わず舌打ちをする。

(…イチャついてんじゃねーよ、)

心の中でクソッと悪態を吐いて、視界から締め出すように他へと視線を滑らした。
多くの生徒が視界を流れていく中で、黒髪に目が留まる。
ここからだと顔は見えないが、女生徒だということは分かる。
サラサラで艶のある綺麗な黒髪だ。
ジャンの視線に気付いていない彼女は、教科書か何かを見ているらしく、机に顔を近付けるように頭を下げた。
その拍子にサラサラと幾束か髪が零れ落ちる。
その綺麗な黒髪を彼女は勿体ぶるような動作で耳に掛けた。
その仕草は艶やかで、そしてとても無防備だった。
鷲掴みにされた心臓が、ひとつ大きく鼓動を打った。
俺の視線に、男の視線に、彼女は気付いていないのだ。
力を込めれば折れてしまいそうな細く白い首筋。
本気を出せば簡単に手籠めにできてしまいそうな華奢な背中。
彼女を好きにできてしまう、そんな妄想が脳裏を過り、思わず生唾を飲んだ。
いつの間にか彼女に見入ってしまっている。
彼女に釘づけになった意識が視線が、放心状態で、口元が自然に開いてしまう。
さっき飲み下したばかりだというのに口内には再び涎が溜まり始めていた。

ふいに校内スピーカーから音楽が流れ始める。
ジャンは、はっとして図書室内の掛け時計を見た。
下校時刻だ。
もうこんな時間になったのか、と呆気にとられながら、まだ意識の大部分を支配している彼女の方へと視線を戻す。
彼女はこの音楽を聞いて、周りの生徒たちと同じように片付けを始めていた。
緩慢なように見えて無駄がなく、丁寧で優雅な美しい所作で勉強道具を鞄へと仕舞っていく。
品があり、育ちの良さが見て取れた。

立ち上がるときの椅子の引き方、鞄の持ち方、歩くときの姿勢、靡く黒髪。
そのどれを取っても清廉さに満ちていた。
そうして彼女が図書室から出ていくのを見届けた後、暫く彼女のことで頭が一杯になっていた。
司書の先生に声を掛けられるまでぼんやりしてしまっていた程だ。



それ以降は、テストが楽しみになっていた。
勿論、テスト勉強は嫌いだが。
彼女を思う存分眺められると思うと、自然と心が弾んだ。

あんな可愛い子が彼女だったらなあ、と思うと、自然と鼻の下が伸びるものだ。


「おい、ジャン。お前いつも以上に馬面になってるぞ」

同じクラスのエレンに声を掛けられて、うるせえ、と怒鳴る。
エレンが思い切りドン引きした表情をしていて、それを見た瞬間イラッとした。
続けて何か言ってやろうとしたが、エレンの後ろにミカサがいるのを見付けて思わず口を閉じる。


ミカサは俺の初恋の相手だ。
幼少時、恥ずかしくてなかなか気持ちを切り出せず、やっとのことで声を掛けた。
そのときちょうどエレンの野郎が遊具の方へ走っていったせいで、ミカサにきちんと話すことができなかった。
そしてミカサが、エレンは私がいないとダメだから…と呟いているのを聞いて、告白する前に振られてしまったわけだ。
ミカサは俺の気持ちを知らないだろうが、何となく一方的に気まずく感じている。


「エレン、」

「あー、はいはい」

「今日は早めに帰って提出物をしないと…」

「わかってるって」

ミカサがせっかく甲斐甲斐しく世話を焼いているのにエレンはそれをぞんざいに扱っていて、何とも癪に障る。
二人が視界から消えた後、一人舌打ちをした。


俺にも可愛らしい彼女がいたらなー

いつの間にかまた思考は図書室の彼女の方へと向かっていた。




 
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