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トクントクンと心臓の音が聞こえる。
ベルトルトの胸元にぴたりと付けた耳から、頬から、じんわりと体温が伝わってくる。
暖かい。
とても落ち着く。
心地が良い。
そんな暖かさと同時に、私の背中に申し訳程度の力でやんわりと回されている彼の腕を意識する。
そう、やんわりと。
きっと、私が強く抱き締めてくれと頼んでも、彼はふんわりと曖昧に抱き締めるのだろう。
それが彼の優しさの象徴でもある。
そして私はそんな彼の優しさに付け込んだ。
彼には想い人がいるということを知っていながら。
きっとベルトルトは拒絶しない。
私は彼の優柔不断なところに付け込んだのだ。

きっと私は彼の一番にはなれはしないのだ。
彼の曖昧に抱き締める腕がそういっているような気がして。
じんわりと涙が滲んだ。
心臓が、肺が、胸が、萎縮して、苦しくて、潰れそうだ。
ああ、そうだ、きっと、私には、彼の一番になるどころか…。

「泣いてるの?」

頭上から低くて優しい彼の声が降ってくる。
その言葉に、私は答えることも頭を振ることもできずに、ただ、彼の服を握り締めた。
ああ、もういっそ諦めてしまいたいのに。
彼の優しさが、優柔不断さが、私に彼が隙だらけだと錯覚させる。
上手くことを運べば彼に優しくしてもらえる。甘えさせてくれる。
そんな甘美な誘惑が私をずるずると悪の道へと引き込んでいく。
困らせたくないのに、困らせたい。
彼にはしんどい思いをさせたくないけど、私を見て欲しい。優しくして欲しい。甘えさせて欲しい。
欲しい。
あなたが欲しい。

こんな醜い私を、愛してもらえるはずなんてないのに。
私はずるずると堕ちていくのだ。
這い上がる方法なんて分からないままに。
ただひたすらにあなたの優しさを求めて。
あなたを追い求めて。
出口のない底なし沼に。ずぶずぶと。

彼の腕がほんの少し、本当に僅かに先程より強く抱き締める。
気のせいかなって誤魔化せてしまうくらいほんの少し。
それでも私には彼の優しさが痛いほどに染みて、また胸が苦しくなる。
ああ、いい加減泣き止まないと。
きっと私に泣き止んで欲しくてベルトルトは抱き締める力を強めたのに。
きっと煩わしい私から早く離れたくて、泣き止んで欲しいはずなのに。
ますます涙が溢れて止まらなくて、彼に迷惑を掛けてしまう。
やることなすこと全部裏目で。
ああ、駄目だな私。
また彼に依存して、ずるずると迷惑を掛けてしまう。
彼の恋路を邪魔してしまう。
応援してあげなきゃいけないのに。
駄目なんだ。
私を見て欲しいんだ。
私に触れて欲しいんだ。
私に微笑んで欲しいんだ。
今の私には、彼に困った笑みを浮かべさせることしかできないけれど。
それでもいつか、底なし沼の底が抜けて、終わりが来てくれることを待ち侘びて。
私は彼を求め続けるのだ。


 
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