メモ2*3
□悲恋路
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私が、忠兵衛と出会ったのは、
随分と昔のことだ。
しかし、その関係が変わったのは、
そう…桜が咲く頃だった。
家の仕事を頼まれて、橋の上を通りかかった時、ふとその橋から土手を見ると、誰かが桜の木の下で眠っていた。
のぞきこむと、その人は突然起き上がって私の方を見た。
「ん?よぉ〜八右衛門!」
彼は、私の名を呼ぶとブンブンと手を大きく振った。
「なぁにやってるんだ、こんなとこで」
ウーンと背伸びをする彼に声をかける。
「昼寝だよ。見ればわかるだろ?」
「店番はいいのか?」
「与平も、伊兵衛もおる」
彼はヘラヘラとした顔でそう言いながら橋の方へ上がってきた。
「…まったく」
呆れたものだ。
それでも亀屋の主人なのか。
「なんだよ…その顔は」
「いや…別になにも」
「お前は…お勤めか?」
「ああ」
「なぁ、今晩空いているか?」
「まぁ…」
お前はいつでも楽しそうだな。
女子に、酒にと、色男は何も困らないんだろ?
「新町に行かないか?」
あたりをキョロキョロとみた忠兵衛は、小さな声で私にささやいた。
「え?」
そんなところに足を運んだことなどなかった私は驚いて聞き返す。
「お前、行ったことがあるのか?」
「ないない。だが、きれーな、おなごを見たくはないか?」
「私は…いいよ」
私には、好きな人がいる。
きらびやかに着飾った女なんかより、遥かに愛しい、ひそかに慕う人が。
「そういうな、な?それとも、おなごに興味はないか?」
「まぁ、そんなとこだ…」
私が彼から顔を背けてそう言うと、
驚いたように私をのぞきこむ忠兵衛。
「どうして?」
「…おなごは、嘘をつく。男を惑わす…狂わせる」
「嘘をつかん女子もおるかもしれん。それが運命ちゅうもんや」
「…」
そうだろうか。
それは、違う。
だが、そうお前が信じるなら…
そんな女と知り合った時、お前は幸せになるんだろうな。
それなら…
「なぁ、八右衛門〜頼む〜なぁ」
彼が私に頭を下げて頼む。
この顔には弱い。
まったく、お前のそういうところが憎い。
私は小さくコクリと頷いた。
「おおきに!それでこそ、八右衛門やぁ!」
忠兵衛は私の答えに嬉しそうに私に抱きついてきた。