メモ2*4

□ねこが住む街で
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俺はこの街で、ずっとジゴロとして生きてきた。
だが、もうジゴロはやめたいと…そう感じていた。

そんな時だ…あいつを見かけたのは。

いつものように女達と遊び、戯れ、疲れた心を忘れるためだけに酒に溺れた後、薄暗い街の細道にあいつは赤いスーツに身を包んで、俺の前を歌いながら通りすぎたんだ。

その美しい声に思わず目を見張った。
華奢な体、端正な顔、俺の心臓がドクンと音を立て、気づけばあいつの後を追っていた。

「なんでついてくるんです?」

俺に背を向けたまま立ち止まり、話しかけくる。

「…それは」

「俺と…遊びたい…か?ふっ、はははっ」

振り返りあやしく笑った顔を忘れはしない。
匂い立つように艶やかな色気だ。
こいつを抱かない奴はきっといないだろう。

「俺はあなたに興味がない、あなたもきっと他の奴と同じだ」

「あんた名前は…?」

「人に名前を尋ねるのに、自分は名乗らないのか?」

「みんな俺を知ってるからな。でもあんたはこの辺りでは見ない顔だ」


「Aとでも言っておこうか。俺のねこがこの街に迷い込んだ…探してるんだ。たった一つの大事なものなんでね」

そう言った言葉は冷ややかで、入り込む隙は全くない。
俺は、去っていくAの後ろ姿を見ながら立ちつくした。


次の日の夜。
俺は、街の一角で再びAを見つけた。
街灯の下、しゃがんで白ねこ達に餌をやっている。
その顔は優しく温かい。
俺がその様子を陰から見守っているとAは突然、立ち上がって呟いた。

「いるんだろ?出てこいよ。そんなに俺が気になるか」

Aがこっちを向いた。

「なんでそんなに俺に冷たいんだ」

俺がそう尋ねたら、Aは眉間に皺を寄せて面倒くさそうに小さくチッと舌打ちをした。

「人間はきらぃだ…」

Aの言葉が俺の心に刺さる。
幾人もの心を弄んできた…その人達の憎悪が纏わりついてくるような感覚。
ああ、俺はいつからこんな人間になったんだろう。
もうまともな人に戻ることはできないのか…。
いや、きっと戻れるはずなんだ。

そう思った時、俺はAの本当の心を知りたくなった。
それから俺は毎日のようにAを探して歩いた。
もちろん、Aはよく思っていない。
俺を見るたび睨みつけてくる。
だが、俺はめげなかった。

しばらくしたある日、
バーにいたAに話しかけてみた。

「あんたさ、歌をどこで覚えた?」

「…忘れたよ」

Aは静かに答えた。
その声は冷たく、生きた心地がしなかった。

「忘れた?」

俺が聞き返すと、Aはまた口をつぐんだ。

「…。」

「ん?なんだよ、また無視か」

しつこくそう問った瞬間、Aが俺の胸ぐらを掴んだ。

「…っうるさぃ!忘れたいんだよ!」

「…っ」

俺は、Aが怒ったことを驚かなかった。
それはもっと驚いたことが他にあったからだ。

俺はAの手を掴んだ。

「おまえ女なのか…」

「っ!」

咄嗟にひこうとするその手を俺は強く握って離さない。
そのまま彼女を強引に引き寄せて耳元で囁いた。

「ちょっと俺に付き合えよ」

Aはまた俺を睨んだが、この後の事がわかったとでもいうようにすぐに死んだような目をして頷いた。

店をあとにしても、Aは俺のあとをおとなしくついてくる。
キラキラと光る安っぽいモーテルの前で足を止めた。

「ここでいいか」

「…。」

Aはなにも言わずに、下を向いている。
部屋に入って扉がしまっても、Aは扉の前に立ち尽くしていた。
俺はベッドに上着を抜き捨てる。

「心配するな、なにもしないさ」

Aは少し顔をあげて俺をみた。
その瞳をよく見れば、深く黒い綺麗な目をしていることに気づく。

「本当だよ…安心しな。なあ、ねこを探してるっていったろ?それ、何色のねこなんだ」

俺が尋ねると、Aは「くろだ…」と小さな小さな声で言った。


「黒…か。このあたりは白いねこが多いからな…くろねこは確かに見つけるのが難しい」

襟元のボタンをはずし緩ませていると、Aは俺の方に少し歩いてきた。

「もう…死んでしまったかもしれない」

「なぜ?」

「とても寂しがりやだった…」

俺はその答えに思わず吹き出した。

「…ふ、ははっ」

「っ…」

Aがグッと唇を噛み締める。
その顔はとても悲しそうだ。

「悪い。寂しいとねこは死ぬんだな」

Aがまた私を睨んだ。
俺はそんな彼女の頭に手を置いて、顔を見つめた。

「なんで、男の格好なんかしている?」


「…言えない」

「そうか。なら、質問をかえよう。もし、俺がそのねこを見つけたら、俺を睨むのをやめろ」

そう言った俺をみるAの目は無垢な少女のようだった。

「…なんでっ」

「よし、行こう!」

俺は上着を片手に掴み、もう片方の手でAの手首を掴んだ。

「待て、どこへいく」

「ん?ねこを探しにさ」


俺たちは黒猫を探して夜道を歩き回った。
しかし、そんな簡単に見つかるはずもなく、
ついにAが俺に声をかけてきた。

「なぁ…もうやめないか」

「いやだ」

「お前には関係ないだろう!」

「俺はお前に笑ってほしい。睨まれたくはない。ただ、それだけだ…」

「それでお前に何の得がっ」

「もう、あんたは帰ればいい。俺は1人でも探す」

それからAは何も言わず俺の後をついてきていたが、朝日が見え始める頃、その瞳から一粒の涙流れているのが見えた。


「…なんで泣いてるんだ」

「くろねこは…」

「あんたの心なんだろ?」

「…っ!」

「わかっていたよ。あんたが笑えば、ねこは必ず見つかる。あんたを笑顔にするためには、あんたの心を開かなくちゃならない。俺にとって今夜はそれだけの時間だったに過ぎない」

Aの瞳から大粒の涙が溢れ出す。
俺は彼女が泣き止むまでただ抱きしめ続けた。

モーテルへの帰り道、彼女が急に足を止める。

「どうした?」

「一緒にいてくれないか」

「いいのか?俺はもう俺の欲望に勝てないかもしれないぞ」

「あなたは…違う気がする」

その晩、俺は無数の傷があるAを抱いた。
ただただひたすら…その傷が治ってほしいと祈りながらキスを落として。

Aが眠りについたとき、ふッと笑ったのを俺は見た。
その顔はまるで日溜まりで昼寝をするねこのように穏やかだ。

目が覚めると、Aはいなくなっていた。
たが、モーテルの前には1匹の黒猫がいて。
俺はそのねこを優しく抱き上げ、連れて帰った。


俺は、それからジゴロをやめた。
このねこのいる街で、Aだけを想って過ごしている。

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