メモ2

□誘惑はおまじない
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リビングのソファの上でえりたんが爪を入念にヤスリで磨いている。


あまりにも丁寧で「もういいんじゃないか」と思うけど、えりたんは真剣そうだから、私は黙って夕飯を作る。


すると彼女が「終わった!」と、こっちを見た。


「ずいぶん入念やね、えりたん」


「当たり前やん、まゆのこと傷つけたないんやもん!」


「!…///」

まったくこの人はそんなことばっかり考えているんだから。

「あ、まゆたん赤くなった〜」とからかう彼女。

「えりたん、そんなこと言ってないでもうお風呂の準備してきて!」


「あーい!」


小学生のように返事をして、タッタッと風呂場へ向かっていく姿がなんとも憎めない。

しかし、しばらくしてお風呂場の方から聞こえてきたのは叫び声だった。


「イダァー!!!!」


何事?!



お風呂場へ続く廊下への扉を開けると、えりたんは右手を抱えるようにしてうずくまっている。


「どうしたん?だいじょうぶ?」

えりたんに「手を見せて?」とこちらから手を出すと、彼女はゆっくりと立ち上がって右手を見せた。

少し大きい彼女の手。
いつも私のことを抱きしめてくれる優しい手だ。
でもその手の人差し指と中指が赤くなっている。


よく見れば人差し指は爪が少しかけていて、血が滲みだしてきた。結構、痛そうだ。

「手、扉にはさんでもうた…ぅう〜痛い…」


涙目で私を見つめるえりたん。
そういうところが、かわいくて本当にほおっておけない。


私はリビングまで彼女をつれていき、ティッシュと消毒と絆創膏で手当てを始めた。


「えりたん、手、だし」

私が、指に消毒を吹き掛けると
「ううぅ…」と唸りながら目をぎゅっと瞑っている。

「我慢してな?治るまでは絆創膏しとかなあかんで」

「どのくらいで治るやろか…」


「こんなの4日くらいで治る」


「はぁ…」

えりたんがやけに重いため息をはく。


そんな姿がちょっとかわいそうになって「じゃあ、おまじない」っとえりたんの手にキスをする。

「…っ//ありがと…」

たまには私だって彼女に男役らしいカッコイイところを見せたい。
えりたんが子供みたいに赤くなっているのに、心でガッツポーズを取りながら、
彼女をご飯に呼ぶ。

だけど調子がよかったのはそこまでだった。
いつもならこんなキスをしたら喜ぶえりたんやのに、今日はちょっとしか元気が戻らない。


心配になって食事をしながら「えりたん、大丈夫?」と聞いたら、彼女は首を横にふった。

「やっぱりあかんねん、こんなとこ怪我したら…」

「確かに、ダンスしてるときちょっと絆創膏はカッコ悪いけど、舞台稽古くらいまでには治るから」

そう、そんな大きな怪我じゃないし、今は怪我したばりで痛みが強いだけ。

「違うねん」


何が違うの?と私が首をかしげると
えりたんはなんとも悔しそうに
「まゆのこと抱けへんやん…」と言った。


その言葉にこちらが赤くなってしまった。
公演より私のことを考えていることが舞台人として正解ではないかもしれないけれど、私の恋人としては本当に100点満点だと思う。


「公演始まったら、ゆっくりできへんし…そんなに我慢できない…」


「分かった…えりたんの指がはよ治るように、おまじない毎日したる」

おまじないを毎日してあげれば喜んでくれるかなと思ったけれど、彼女が次に発した言葉は予想外のものだった。


「…………あかん」


「どうして?」


「おまじないされたら、余計、我慢できへんくなりそうやもん…!//」


そう言い捨てた彼女は、私から目を背けるようにしてご飯にかぶりついた。

自分の言葉に恥ずかしがるなんて、
本当に小学生みたいだ。

でも「傷が治るまでの間、何でもえりたんの言うこと聞いてあげるよ」と伝えたら、
やっと機嫌を取り戻した。
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