マアト・ラーの夫君たち (エジプトBL)

□愛しいひと…
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『馬鹿野郎! 馬鹿野郎!!』

通常は優雅に空を翔ける朱鷺であるトートが荒々しく羽を羽ばたかせて河を越えている。

……先ほど受け取った報せは鰐館からのもので、トートははじめ今夜出席予定の宴の事かとさほど気に留めず……使者の持参した親書を開けた。
そして、その内容を目にしたとき……
トートは息をする事が出来ないほど驚愕した。


取るものもとりあえず飛び立ったトートはあまりの衝撃に眩暈を起こしながらも、中洲に向かって一目散に飛んだ。


親書の中身はそれはそれは恐ろしい内容だった。
……震える筆跡は鰐王のもの。
アキラの容態に関して書かれたそれは、今朝方アキラが嘔吐し、腹痛を訴えて今は意識が無い状態であるという事。
荒淫が限界を越えたのだと続けられていて、現在治療中だがかなり重篤な容態だと結ばれていた。

実はトートは聞き及んでいた。
先々日の集まりの後の宴で、悍ましくも恐ろしい【太古の婚姻】が行われた事を。
そしてそれは昨夜も続き順次夫達と交わったという。

「何てことを!!」

吐き捨てるように叫んだトートがかなりの高度からヒトガタをとりながら舞い降りてきた。
地面に着地すると同時に駆け出したトートは、何故誰も止めなかったのかと唇を噛み締める。
賢人の誉高い射千玉のセテフも居たはずだというのに彼もまた色欲に溺れたというのだろうか?
セベクは一体何をしていた?


開け放たれた扉を通り過ぎ、垂らされた薄布をかき分けて辿り着いた褥で目にしたアキラの姿に、トートは涙が溢れるのを止められなかった。
いつもは薔薇色に染まる頬がまるで血が通っていないような真っ白で、身じろぎもせず横たわっている姿は思わず息をしているのか確かめたくなるほど。
ほんの2日前、自分の腕の中で艶めいた潤みを宿していた瞳は、硬く閉じられた瞼に阻まれて伺う事も出来ない。

「トート殿」

ワナワナと震えながら立ち竦むトートに声をかけたのは侍医クヌム。
よく見回してみると傍らには硬い表情のセベクが立っている。
ヘデデトは褥に貼り付くようにしてアキラの手を握っている。
勿論彼は泣いていて……アキラの耳許で何やら小声で囁いている。
少し離れた卓では、アポピスが薬草を刻んで薬湯を煮出す準備をしていた。

「セテフ様は?」
このような場合、先頭にたってアキラの世話をしているはずのセテフがいない……
不穏ささえ漂う違和感を感じてあたりを見回すと偶然セベクと目が合って、重たい口から語られたのは。


「セテフ殿は……
半狂乱になって…… つい先ほどアビスが連れて出て行った」
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