アキラの誕生日

□アキラの誕生日(中)
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甥からの連絡にセテフは息を呑んだ。
アキラの誕生日。
それも成人を迎えるという。
追って、デンウェンが迎えに来るというがもうさほど時間はあるまい。
その間に用意出来る贈り物というと限られてくる。
セテフは傍の手箱を開けた。
そこには、アビスに愛刀を譲った後使っていたナイフを手ずから加工して、アキラの為にペーパーナイフに設えたもの、が入っていた。
今はこれ以上の贈り物はない。


朝靄のけむる中洲の鰐館。
老女も使用人も宴の準備に駆り出され、もう少し眠っているだろうと放っておかれたアキラがこの日に限って早起きし戸惑っていた。
呼んでも誰も来ない。
アキラは裸身を上掛けで包むと川縁に彷徨い出た。

足を水に漬けて流れを見ていた。
そこに通りかかったのは、早朝の河を遡って来たアペシュ。
朝一のセベクとの会見に備えて暗い内に館を出て来た彼はセベクからの使者と行き違いになっていた。
「アキラ殿?
こんな時間にどうなされた⁈ 」
アペシュが岸に上がって来た。
「うん……目が醒めたらセベク居なくて、呼んでも誰も来ないから…… 」
アキラはそう言って目を伏せた。
金色の睫毛が瞳を覆う。
憂いた表情も美しい。
だがこの子には笑っていて欲しかった。
アペシュは土産にと携えて来た貝殻の事を思い出す。
妻が取り寄せた荷物の中から何の気なしに取り上げて来た巻貝。
「アキラ殿、これを。」
渡された巻貝は20cmはある棘状の突起のあるもの。
アキラは図鑑などでしか見たことがない。「わあ! 」
目に喜色を浮かべ歓声をあげるアキラにアペシュは目を細めた。
「嬉しい! ありがとうございます。
18歳の誕生日はじめてのプレゼント、大事にします。」
え……?
「アキラ殿、なんと言われた?
今日はお誕生日なのですか?
私は……今はじめて聞きました。」
「僕も夕べ、はじめてセベクに言ったんです。
そしたら急に血相変えて出て行って……」
無理もない。
誕生日の宴を開くための用意に駆けずり回っている鰐館の者達の姿を思い浮かべた。
そしてアキラの格好。
「アキラ殿、お着替えは?
身体も清めた方がよいのでは?」
アキラは頬を朱く染めて。
「僕、ひとりで出来ないから……」
最後の方は聞き取れなかった。
とりあえず、鰐王の匂いがプンプンする身体をなんとかしなければはならない。
アペシュは考えた末、河で水浴させる事にした。
身体についた白濁だけでもおとさねば。
アペシュは大きな手でアキラの身体をまさぐるようにして清めると腰布を結んでやった。


恐慌を来たす。
アキラの夫君たちの館では今まさにその言葉通りの状況が繰り広げられていた。
あるものは、とるものもとりあえず迎えの鳥人に乗ってクシュに向かい、あるものは騎獣で駆ける。
アポピスとセテフは最大化したデンウェンに全速で運ばれた。
彼は次はマヘスを迎えに行く。
 

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