鰐王の憂鬱

□鰐王の憂鬱 6ー邂逅ー
1ページ/6ページ

「アキラ……アキラ…… 」

誰かが名前を呼んでいる……

誰?

聞き慣れた、それでいて懐かしい声。

「…… トート? 」


かなりの努力を要して目を開けたアキラはそこに心配そうに覗き込んでいるトートの姿を認めた。
アキラはまわりに何もない薄ぼんやりと白い世界にトートとふたり、彼の膝に頭をのせて横たわっていた。

「アキラ? 大丈夫? 」

大丈夫ではない。
後頭部が激しく痛む。
だが意識はトートへと向いていた。
「トート……僕は一体……? 」
トートの手が頬を撫でる。
「アキラ……動けますか?
これから皆の所へ案内します。」
「 ‼︎ 」
アキラは文字通り飛び起きた。
トートの二の腕を掴んでその身体を揺さぶる。
「皆の所って…… これって……
僕は…… 」
トートが慈愛に満ちた眼差しでアキラを見つめている。
「私たちを探しに来てくれたのでしょう?
気づくのが遅れて申し訳ない事をしました。
行きましょう。」
トートがアキラを横抱きして立ち上がった。
「痛くないですか? 」

自分の身体に意識を向けると、後頭部の他に腕や脚、背中や腹部などほぼ全身と言っていい程彼方此方が痛む。
自分に一体何が起こったのか、頭の中に霞がかかったように思い出せない。
ただ皆の、夫たちの元に戻りたいとありとあらゆる手段を講じて、あの頃に住んでいたクシュの地にやっと、やって来れて……

「……っ‼︎ 」
鋭い頭の痛みに考えが中断され……
忘れ去られた。

「アキラ? 」
心配げに見下ろしていたトートが一度アキラを降ろそうとする。
しかしアキラは必死の様相でトートにしがみついた。
「大丈夫! 大丈夫だから……
お願いだから……このまま…… 」
「わかりました。行きますよ。」

トートの背中から白く美しい翼が生えて大きく羽ばたいた。
アキラが吃驚している。
「うふふ……私もパワーアップしたのですよ。
これであなたを抱いたまま飛べます。」
トートは白い世界の果てに向かって飛び上がっていった。


「アキラ…… 最初に逢いたいのは誰ですか? 」
「セベクに逢いたい。」
迷うことなく即答したことにトートは苦笑した。
だが他の夫達と違って彼は今、少々面倒な状態にある。
ショックを受けなければよいが……。
「アキラ、気分が悪くなるかもしれないので目を瞑っていて下さい。」

トートはアキラをしっかりと抱いて、時空を超越して行った。


「眼を開けていいですよ。」
トートが翼をはためかせて滞空している。

そこは密林の中に隠された渓谷だった。
水が浸食した跡がある事から昔は川だったのだろう。
行き止まりになった終点は一際深く抉られていた。
その側面にポッカリと穴が空いていて奥はかなり深いのか暗闇が広がっている。
「アキラ……あなたを失って夫達はそれぞれ……色々な事がありました。
あれから何年経ったと思いますか?」
「え? 8年…… 」
トートの綺麗な顔が一瞬歪み、それが苦笑に変わった。
「アキラの時間では8年なのでしょうけど、私達の時間は12000年経ちました。」
アキラは絶句する。
生物がそんなに長い間生きているのは不可能だ。
では、今目の前にいるこのトートは?

「アキラ、私達夫全員は神格化して永遠の生命を得ました。
皆、あの頃と何の変わりもありませんよ。
ただセベクは少々…… 」


「ここからはアキラひとりでお行きなさい。」
そう言ったトートに手渡された灯を手にアキラは洞窟の中に入って行った。
ヒタヒタと自分の足音だけがこだまする暗黒の世界。
どれほど歩いたのか、そんな感覚も麻痺させる暗闇は際限なく続くように感じられる。
だがそんな感覚も突然終わりをつげた。
圧迫感を与えていた洞窟から抜けて吹き抜けの小さなホールのようなところに出たのだ。
だが他には何もない。
周りをよく見回してみると上に上がれる階段のようなものがある。
アキラはそこをゆっくりと上がっていった。


そここそ大ホールのような空間だった。
アキラの持つ灯では全貌が伺えない程広い。
だが……そもそも自分はセベクに逢いに来たのではなかったのか?
そんな疑問というか懸念というか、不安に襲われたアキラが今来た方を振り返った瞬間、妙な既視感を感じた。
『何…… ? 此処…… 』
今まで居た小ホール。
そこに続く洞窟、水が干上がった渓谷……
『此処は……此処は…… 』
思い浮かぶのは清水の湧き出る水源。
水源の淵の側面に開いた水中洞窟。
溺れる寸前水からあげられてふたりで観た……
僕の名前のついた……
まさか ‼︎

【青の洞窟】



To be continued ……
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ