青嵐候のおたわむれ

□青嵐候のおたわむれ 2ー紅葉ー
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山霧でもやる山々の中に色づいた木々の葉がとりどりの色に染まるこの季節。
早朝の清浄な空気を胸いっぱいに吸い込んで、少年は己を抱く九尾の大妖を見つめて笑んだ。

「寒うはないか? 」

大妖は今、愛し子を抱いて深山の上空を浮遊している。
愛し子……玉《ぎょく》のお強請りに負けてこんな所にまで来てしまった……



昨日。
「早蕨……僕、紅葉が見たいの。
特に椛。
ほら、ここは四季が無いでしょ?
昔、人の里にいた頃の夢を見たの。」

確かに、我々が住む宮は異空にあって四季は無い。
それどころか、時間の経過も無い。
便宜上、日々の営みがあり昼夜もあるが、玉は決して歳を重ねる事はないのだ。
だから……今ここで見ている深山は玉の、ヒトとして生きていた頃とは違う。
あの頃からもう何百年も経っているのだ。


「連れて来てくれてありがとう。」
玉は、自分をいとも軽そうに片腕で抱く大妖の首に腕を回しその頬に口づけた。
少々、気鬱になりかけていた大妖は途端に機嫌を浮上させて、玉の身体を両腕でしっかりと抱き締め、その紅唇に己の唇を重ねる。


萌黄襲の直衣をつけた九尾の大妖の名は青嵐候。
その腕の大切に抱かれた妻《さい》の名は玉《ぎょく》
まさに手中の玉と言うべきか、それはそれは深く慈しんで愛している。


九尾の妖狐の妻である玉。
鴉の濡れ羽色の髪は肩下で切り揃えられている。
男の子とは思えぬ色白で華奢な身体は永い年月をかけて雄の好みに染め上げられていた。

濃紅の長袴に、九尾の妖狐の直衣と色を合わせた翠色に白牡丹の袿は眼下の紅葉とは相対する色合いだが不思議と違和感は感じられない。
紅の中にぽっかりと浮かびあがった彼らの姿はそこだけ緑が残っているようだ。

朝霧が晴れて太陽の光が紅葉を照らす。
露に濡れた葉がキラキラと輝くさまを、普通の人間には見ることが出来ない上空から堪能する。

青嵐候には、幾つもの山々が連なる深山の、いにしえから続く椛の森にはほろ苦い想い出があった。


青嵐候は思い出す。
自分がまだ少年といえる歳であった頃、師と慕う妖狐が居て……
彼は射千玉の被毛を持つ、それはそれは美しい玄狐(黒狐)だった。

人里に近いところに、強いて言えば人界に庵をむすぶという事の意味を、当時の自分は何もわかっていなかった。


「紫黒! 」
その頃の自分はまだ修行中の身で、当時は九尾狐が彼と自分しか居なかった為、自然と彼が我の師匠となった。

美しくて、強大な力を持つ玄狐に憧れた。
その憧れが仄かな【恋】と呼ばれるものに変化するにはそう時間は掛からなかったと思う。

金狐の我と玄狐の紫黒。
この世にたったふたりしかいない九尾狐の血脈をさらに強いものにしようと、長老達が我らをめあわせるつもりでいる事を聞いて、暗い悦びに浸ったのは当然の事だった。
だが、肝心の性別は二人とも【雄】だ。
その時、まだまだ子供だった我にはこの同性同士の婚姻についての知識は皆無だった。
第一、我はまだ成体では無かった。
すべては我が元服を迎えてから……の話だったのだ。


元服の儀を直前に控えたある宵。
漸く手に入れた貴酒を携えて、紫黒の元を訪れるのは暫く振りの事だった。
最高位の九尾の金狐として、紫黒をも凌ぐ力を手に入れて、我は些か……有頂天になっていたようだ。
時間にも、次元にも、何ものにも縛られない我はあちらこちらを遊び回り、長老らからひんしゅくをかっていた。
そういった日々を過ごしていて、自然と紫黒の元からは足が遠退いていたのだが……

「紫黒…… 紫黒? 」
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