鰐王の憂鬱

□鰐王の憂鬱 6ー邂逅ー
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「まさか…… ? 」

12000年という気が遠くなる程の時間の経過と共に、あの綺麗な水を懇々と湧き出していた淵は枯れ果てて……
恐らく無茶な砂金採掘が原因なのだろう、淵の底が随分深く掘り下げられていた。
そして水と共に【青の洞窟】も失われてしまった……


アキラはハッとする。
「セベク! セベクどこ⁈ 」

大ホールは概ね変わりはないように思われた。
元々何もない空間だった。
ただ落盤でもあったのか以前よりも岩が多く見受けられる。
大小の岩の間をすり抜けて、アキラはセベクの痕跡を捜した。
「……何も、ない…… 」
絶望と共に襲って来た疲労感に、アキラは一際大きな岩に凭れかかった。
それは15mはあろうかという細長い岩で、他の岩と違って表面がゴツゴツしている。
アキラは何気無くその岩を撫で、縋り付いて泣いた。
「セベク……セベク、何処? 」

大岩がふるりと揺れた。
アキラが驚いて飛び退いた瞬間、
「…… アキラ…… ?
また幻聴か…… 」
夢にまでみた、あの腰にクる低音の声が聞こえてきた。
今の今まで岩だとばかり思っていたものに突然血が通い、モソモソと動きだす。
瞼が形成され、それが開いて虹彩が紅い黒い瞳が姿を現した。
「幻まで見える…… 」
「幻じゃないよっ‼︎ 」
アキラはセベクの首のあたりにしがみついて泣きじゃくった。
馬鹿馬鹿と……硬い鱗を叩いて泣いた。

地面に座り込んで項垂れているアキラの赤くなった手を取ったのは人化したセベクだった。
「アキラ……戻ってきてくれたんだな…… ? 」
「セベク……セベクぅ‼︎ 」
ふたりはしっかりと……もう二度と離れまいと抱き合った。


「美しくなったな……
よく顔を見せてくれ。」
セベクはアキラの頤を持ち上げて唇を重ねて来た。
少し冷たい舌がアキラの舌に絡みついてくる。
大きな手が忙しなく這い回り、アキラの上着をくつろげていった。

セベクは本当は今すぐここで繋がりたかった。
だがこんな岩の上でアキラを堪能出来るはずもない。
明るい陽の下ですべてを暴きたいのだ。
「アキラ、幾つになった? 」
「28……。」
「そうか……あれから8年か。」
薄暗いここでもわかる。
臈長けた美しさはあの頃にはなかったものだ。
「アキラ、目を瞑ってくれ。
ここから出るから。」



セベクの腕にしっかりと抱かれ、その胸に身体を預けていた。
目を瞑り甘えるように頭を押しつけると、セベクの大きな手が愛しそうに髪を撫でて、旋毛に唇が下りてきた。


ウトウトしていたのだろうか?
それとも一瞬だったのか……
聞き慣れた、しかし緊迫した声を耳にしてアキラは目を開けた。

「鰐王 ‼︎ 」
ほんの少し老けた面持ちのハニが駆け寄って来る。
アキラは顔をあげてセベクを見た。

「アキラ…… とりあえず鰐館に連れて来たが…… アキラが暮らしていた頃から100年くらい経っている。
俺が遡れるのはこの辺りが限界だ。」
“ すまない ”と、“ もう会えない者もいる ”と、そしてここにもそう永くは居られないのだとセベクは続けた。
しかしアキラにとっては些細な事だった。
セベクと一緒に居られるだけで、あとはもう……何も望まない。


セベクの居室はあの頃そのままだった。
ただ消耗品は取り替えられているのだろう。
調度には埃の痕跡すらなかった。
セベクに抱かれて寝所に入る
「さあ、もう一度よく見せてくれ。」
セベクの低音の声が猫なで声で懇願してきて、アキラは気恥ずかしくなりもじもじとした。
それをどうとらえたのか、セベクが泉での水浴に誘ってくる。
アキラは二つ返事で了承し、泉へと運ばれていった。


泉の畔でアキラの不粋な服をセベクはその爪で引き裂いていた。
……明るい陽の光の下で改めてアキラの全身を嘱目する。

アキラが本来存在する世界での8年間は、彼をより美しく、より高貴に成長させていた。
以前、セテフが言っていた “ 大輪の花 ”のような美貌を手に入れたアキラは以前にも増して雄どもを惹きつけるだろう。
……丸かった顔は卵型になり黄金の髪は腰まで伸びた。
この髪が褥を覆うさまを思い浮かべるだけで胸が高まってしまう。
昔はどちらかといえば幼児体型に近かったのだが、程よく均整のとれた身体にまるで女のように脂肪がついている。
相変わらず白く滑らかな肌。
抱き心地は最高だろう。
少し身長も伸びたようだ。

この身体を……誰かに触れさせていたのだろうか…… ?


荒々しく伸びた腕に捕まって抱き締められたアキラは泉の中に引き摺り込まれてしまった。
喰いつくような口づけに翻弄されて意識が混濁していく。

「アキラ…… トばせない。」

胸の飾りを齧られてアキラは悲鳴をあげた。
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