短編
□羽と牙
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ふわり。
風に遊ばれ流されてゆく鳥の羽を見た。
ふわり。
あぁ、もうあんな見えないところに。
ふわり。
愛しい男の匂いがした。
ふわり。
私は思わず口を綻ばせる。彼には背を向けて。
ふわり。
彼の手が優しく私の頭に置かれた。
ふわふわふわ。
私の気持ちが、優しくなったような気がした。
「何見てんだ」
そっか、リヴァイは見てなかったね。あの羽を。
まるで、あなたのようなんだ。
ふわふわと掴めなくて、どこに行くか分からない羽。
本当は宿主が空を飛べるために支えた一つだったのに、何かの拍子に捨てられどこに行こうか彷徨う羽。
「もう見えなくなったからいいよ」
くるりとリヴァイの方を向けば案外近くに居てびっくりしちゃった。羽の無い希望の天使。
皆に希望とプレッシャーを与えられ、死ぬことを許さず戦うことを放棄することを人々の思いが禁じた。
誰かがそんな法律なんて作ったりしてないが、思いは二重にも三重にも重ねられ、いつしかリヴァイ一人の翼では飛べないほど希望は重たくなった。
自由の翼をかがけようとも鳥籠に居る事には違いない。
翼があるだけでは飛べない。自身の体を飛ばせるほどの筋肉や。
飛び立つための勇気がいる。
リヴァイには、筋肉があろうと勇気が無い。無くしたのは、羽をもぎ取ったのは皆。
リヴァイは、私の前では傷だらけの羽を休ませているような気がした。それは調査兵団入りたてぐらいの時期に気づいて、無性に嬉しかった。
「ハンジよ」
その言葉にゆっくりと返事をする。一つ一つの返事に愛を込めて羽と心を癒してあげよう。
「お前の牙は何処に行った」
リヴァイを意識してからしばらくのち、目の前で仲間の血が飛び散る瞬間を見た。
その時に沸いたのは酷い吐き気と憤怒。
それからだね、私が狂犬と言われるようになったのは。全く誰がそんな事を言い出したのか。
「私の牙はね、私のためと人類のために折ったの」
今だって仲間を食った巨人の顔ははっきりと覚えているよ。
私は私のために牙を折ったよ。
それだけしかないかも。
憎しみで巨人を殺した。時にはリヴァイよりも討伐数が多い日もあった。
でもね、その後に来たのは胸を貫く痛みだった。
私の牙は私の心をずっと傷つけていた。だから私は折ったまで。
それでしかない。
「でもね、リヴァイはリヴァイの羽をもいじゃ駄目だよ」
「死んだら負け。屈服したら負け。諦めたら負け。」
「リヴァイだけは死なないでよね」
無駄にプレッシャーをかけた私は、ごつんと容赦ないげんこつを食らった。
「知っている」
彼から舞い散った羽はあの頃の私の心の痛みを少し塞いだ。
🔚