感謝(頂/贈)

□夏の果(百鬼夜行・郷嶋×青木)
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*夏の果(百鬼夜行・郷嶋×青木)/ みんてんみ様より






頭上で照りつける太陽の日差しは厳しすぎて、もはや拭くのが間に合わない程に汗が流れていた。
汗が肌を伝わっていく感触は不快でしかなかったが、もはや身に付けている服はぐっしょりと濡れてしまっている。
この真夏の晴れた日に、外で張り込みをしていたならば、誰しも同じ目にあうだろう。
刑事の仕事は、上に行かない限りは、肉体労働が多いものだ。

木場の様に頑強な肉体をしていたならば、それほどこたえはしなかったかもしれなかったが、生憎青木は肉体労働に向いた身ではなかった。
夕方近くに張り込みを交代してもらい、ふらつく足取りでなんとか署に戻ると、同僚達には随分と心配されてしまったが…青木の性格上、報告書を仕上げておかなければ自宅に帰る気も起きず、汗で濡れた服を着たままの不快さを我慢しながらも、机にむかい書類にとりかかった。

気がつくと、同僚の一人に笑われていた。
いつの間にか、疲れから眠ってしまっていたようだ。
幸い、報告書自体はもう少しで書き終わりそうなぐらいなまでにすすんでいて、青木はほっとする。
残っていた数人の同僚達に、飲みに行かないかと誘われたが、早く仕上げて帰って眠りたかったので、青木は誘いを断った。
疲れ、は少しでも眠ったおかげで軽減していたが、明日も張り込みの仕事が続く。体力に自信のない身としては、なるべく疲れを残したくはなかったのだ。

「よしっ、終わった」

最後の一文字を書き上げ立ち上がった青木は、くらり、と目眩を覚え…椅子が倒れる音が無人の室内に響き渡り、床にしゃがみこんでしまっていた。
そう酷くはうちつけなかったものの、床にぶつけた膝や足は鈍く痛む。
深呼吸を繰り返し立ち上がろうとしたが、吐き気を覚え、青木は立ち上がる事を諦めた。
思っていた以上に疲弊してしまっていたのだろう。
無理をしても仕方がない。
幸い書類も仕上がり、辺りには人気もなかった。少し休んで、体が楽になったら帰ればいい。
そう考えながら膝をさすっていると、入り口の辺りから足音が聞こえてきた。
まだ誰かが残っていたのだろうか?
先程大きな音をたててしまったので、不審に思い様子を見に来たのかも知れない。
ほんの少しだけ煩わしさを感じたが、それよりも足音の相手の姿を見て、青木は顔をしかめた。
何度拒絶しても会いに来られてはいたが、何もこんな時に…。

「大丈夫か」
「見れば分かるでしょう」

かけられた台詞に、青木はなげやりに答えを返す。
こんな事なら書類は自宅で書けば良かったし、同僚達と飲みに行ってしまえば良かった。迷惑をかけたとしても、相手が同僚ならばお互い様で済んだのだから。
よりにもよって借りをつくりたくない相手に、弱っている時には会いたくなかった。

「嫌そうな顔をしてるな」

苦笑混じりに顔を覗きこまれ、ますます青木は顔をしかめる。

「少し我慢しろよ」

突然腕をひかれ、無理矢理立たされた。
足元がふらついたが、相手に支えられて、何とか立つ。

「何を…」

文句を言おうと口を開いたが、また腕をひかれ、廊下に連れ出されたと思ったら、備え付けの長椅子に放り出されてしまった。

「横になってた方が、ましだろ?」
「………」

確かに床にしゃがみこんだままや、固い床に寝るよりはましだろう。
しかし体調の悪い相手を、随分と手荒に扱ってくれるものだ。
青木は素直に礼を言う気にはなれなかった。
目の前の相手…郷嶋に、青木は無言で視線を向ける。

「さっさと横になれ」

促され、渋々と青木は長椅子に体を横たえた。確かに横になった方が体は楽だ。が、精神的にはますます不快な気分が募る。
郷嶋は横になった青木にあわせてしゃがみこむと、青木の頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。

「何をするんですか、あんたは」

青木は郷嶋を睨みつける。

「ガキは、素直に大人に従っとけ。
こんなん貸しにしたりしねーよ」
「………」

青木は黙りこんだ。
確かに郷嶋は大人だろう。
恩にきせたりはしてこずに、礼も言わない青木に、皮肉すら言ってこない。
礼の一つも言えない青木は、確かに子供だった。

「…ありがとうございます」

小声で呟く。

郷嶋の視線が、柔らかくなったように青木には感じられた。
今度は額や頬に触れられ、熱がありそうだな、と言われる。
その後に、

「素直なガキは可愛げがあるもんだな」

優しく額にはりついた髪の毛を取り除きながら続けられ、

(優しい大人は、狡いですよ)

青木は心の中で呟いた。



終。



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