感謝(頂/贈)

□愛情 again 〜Don't leave me〜
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*愛情 again 〜Don't leave me〜/R








ジェイドと離れてもうどの位経つのか。
いつからか、時の流れすらどうでもよくなってしまったように思う。



(レーラァ)


小さく、俺を呼ぶ声が聞こえる。
ああ、また空耳だ。
あの日からずっと、既にそこに居はしない幻に呼ばわれ、その度に胸が痛む。

今朝、夜明け前に夢をみた。
あいつの夢だ。
悲しげに微笑み、真っ直ぐに俺を見つめていた…ただそれだけの1コマだというのに、目覚めてなお脳裏にこびりつき、日がな一日苛まれ続け……
たまらず、久しぶりに夜の街へ出た。




「レーラァ」

また空耳か、最近やけに多くなった。
歳のせいもあるのか…?

「レーラァ、大丈夫ですか?」

大丈夫かとは何のことだ?
問いかけてくるとは、なかなかリアルな幻聴ではないか…

やけに瞼と身体が重い。
ああ、そういえば俺は眠っていたんだったな。
帰宅して、ベッドへ直行したんだ。
眠くてたまらずに。

部屋の灯りを消し忘れたのか、薄く開いた目に何か眩しいものが射した。
それから、これは夢か、はたまた幻覚なのか、視界にあいつが…ジェイドが映った。

「やっとお目覚めになりましたね、レーラァ」

「ジェイド…」

幻覚に呼び掛けてしまったことに自嘲しつつ、少し目を凝らしてみた。

「レーラァ、わかりますか?オレですよ、ジェイドです」

ああ、すぐ目の前で微笑んでいるのは、幻覚ではなく本物のジェイドか…
…ジェイド…


「ジェイドだと!?」

まさかと驚声を上げ、瞬時に目が覚めた。


「な、何故おまえがいるんだ」

「すみません、余計なお世話だったかも知れませんが……」


ジェイドの話によれば、ベルリンの街で偶然、泥酔状態の俺を見掛けたのだと言う。

街へ出、酒場に入った記憶は確かにある。
そして長く禁酒生活をしていたおかげで、たった数杯でしたたか酔い、タクシーで帰ろうと店を出た……


「ここはどこだ?!」

どう見ても自分の屋敷ではない。
寝ていたベッドから起き上がり、周囲を見回す俺をみてジェイドはまた笑った。

「全部覚えていないんですね」

「すまない…車を待っていたんだが…そこから記憶がない」

「確かにそのご様子でしたが、電柱に凭れかかっていたあなたを見るに見かねて…お支えして少し歩いて、ここ…オレが宿泊しているホテルの部屋にお連れしたんです。着いてすぐに、眠い、と言われたので、ベッドで横になっていただきました。けれど、今さっきとても辛そうなお顔をされて…もしや具合がお悪いのかもと、つい声をかけてしまいました」

「そうだったのか…」

冷たい水の入ったグラスを渡され、そういえば酷く喉が乾いていたことを思い出し、一気に飲み干した。

ジェイドはそれ以上何も言わず、二杯目の水を注いでくれてからベッド側の椅子に座った。

あまりにも突然の再会、しかもこんな形でというみっともなさだ。
何を話せば良いかわからず押し黙ったまま水を飲み、グラスを置くと、

「もう1杯、お飲みになりますか?」

ジェイドが腰を浮かせた。

「いや、もういい。大丈夫だ。ありがとう…」

「でしたらまた横になって休んで下さい。お顔の色があまり良くないですから」

ニコニコとよく笑うジェイド。
あんな別れ方をして随分経つ。
俺を恨んでいないのだろうか?おまえが病院へと運ばれていく姿に背を向け、一度も見舞わないばかりか便りひとつも出さなかった。
だのにまだ俺を「レーラァ」と呼び、屈託なく微笑みかける。
あの頃のように。
あの頃……俺は、ジェイドを……

「どうされました?レーラァ」

視線を合わせられ、俺はずっとジェイドを見つめていたことに気付いた。

「あ……いや、その…髪を短くしたのだなと…」

取って付けたような陳腐な台詞だったが、ジェイドは笑みを湛えたまま、

「あなたに失恋した日から、ずっとこうですよ」

と答えてきた。
その日とは間違いなく「あの日」だ。
ジェイドが、巣立つ時が来たのだと判断し、袂を分かつことを決めた日。
師匠である俺が、無惨に敗北した弟子を見捨てた…世間にはそんな噂も流れている。
おそらくジェイドの耳にも入っているだろう。それでも良いと思った。

「でも、髪型を変えた位で気持ちまで変えることなんて、オレには無理でした。もしもそれで楽になれていたら、レーラァ…あなたはオレにとって、もうとっくに他人でした」

「ジェイド…」

「女性はそれが出来ると聞いて真似をしてみましたが…男は、そうはいかないみたいですね。って、オレだけかも知れないですけれど」

笑いかけられる度、この胸が切り裂かれる思いがする。
いっそ怒りや恨みをぶつけられた方が、ずっとマシだ……
ジェイドは尚も言葉を続けた。

「実は…オレがあなたを見つけたのは偶然なんかじゃないんです…あなたに会いたくてベルリンに来たけれど、お屋敷に行く勇気がなくて。暫く外をウロウロしていたら、あなたが外出されて行くのが見えて。それでこっそり後をつけたんです。酒場に入るのも出てきたのも、全部見ていました。これってストーカーですよね。ごめんなさいレーラァ」


なるほどそれで合点がいった、と単純に笑い事に出来る内容ではない、むしろ余計に心が乱れた。
正直に打ち明けてくれたことは、いかにもジェイドらしく、好ましいと思う。

だが、偶然ではなかったという件は、出来れば聞きたくなかった。
「会いたくて、来た」という言葉も。


「ジェイド、わかっているだろう?おまえはもう、一人で充分に…」

「その先は言わないで下さい、レーラァ。少し時間はかかりましたけれど、オレなりに考えて理解したつもりです。どうしてもと言われるなら、あなたのシューラァで居続けることは諦めます。でもオレはずっとあなたの側にいたいし、好きでいさせて欲しいんです。あなたを想う気持ちは、どうしても変えられない。それを伝える為に、オレは来ました」

「ジェイド…」

返す言葉に困った。

彼が師弟という間柄を飛び越えた域で俺に懸想していたのは知っている。
共に暮らす日常で、好きだの愛しているだの、それこそうんざりするほど聞かされていた。
あろうことか俺は悪い気はしなかったし、いつかその気持ちに応えてやっても……などと不謹慎なことまで考えたりもした。
自分も彼を愛しく想っていたのだ。
しかし、いざとなると男同士だという拘りと、若いジェイドに道を踏み外させることへの罪悪感が拭えず、いつもはぐらかすのに精一杯だった。

やがて来るべき時が訪れ、それを機に潔く身を隠し離れたものの…心の奥底では、いつまでも手離したくないと思っていたのだ。
それは、師匠としてではなく一人の男として、彼を愛するが故に。

くだらぬ感情を抜きにすれば、師として自分が決断したことに後悔は無く、やっと肩の荷が降りたのだと初めは安堵すらしていた。
だが、厄介な事に情だけは依然と残り、薄れゆくことはなかった。
その結果、無意識にジェイドの幻影と共に暮らしていたのだと思う。

今朝のような夢も何度となく見ていたが、酒を求めて今日街へ出たのは、一時でも幻影を振り払いたかった為……その夜、こうしてジェイドと再会してしまった。これこそ運命の悪戯としか思えない。

しかし今更、何をどう話せばいいのか…

沈黙した俺をジェイドはずっと見ていたが、
「ちょっと失礼します」
と、おそらくトイレだろうドアに入っていった。

おかげで溜めていた重い息を、やっと吐き出すことが出来た。が、いつまでもこうしているわけにはいかない。
ボサッとしたままジェイドが戻るのを待っても、何も始まらないし何も終わらないだろう。



身体は情けなくもふらついたがベッドを降り、カーテンの引かれていない窓からベルリンの街を眺めた。
いつの間にこんなに夜の灯りが増えたのか、夜景が鮮やかに目に染みる。

美しい街だ。この街で一人で生きていくのは、なかなか寂しいものだな……

そう思ったとき、用を済ませたらしいジェイドがこちらへと歩いてきた。

「ジェイド、フロントへコールして車を呼んでもらってくれないか?」

さんざん待たせ、やっと出た言葉がそれだった。

「え…?今からだなんて、どこへ行くんですか?もう真夜中……1時を過ぎていますよ」

「屋敷へ帰る。迷惑をかけてすまなかった」

「そんな、迷惑だなんて全然思っていません。いま帰られてしまう方がオレは困ります」

「どういう意味だ」

「もう二人分の朝食を、ルームサービスで頼んであるんです。宿泊も二人に変更して…」

「ならば…朝食までな」

ぶっきらぼうにそう告げてみたものの、内心はジェイドと共にいる理由が出来たことに感謝していた。
夜明けなどすぐに来るだろうが、それまでに何か答えをやれるかも知れない。


「レーラァ、やはりお顔が疲れていますよ。オレに構わずお休みになって下さい。朝までまだ時間がありますから」

「おまえこそもう寝ろ。俺はソファを借りる、ベッドはおまえが使え」

ダブルベッド1つの部屋。ジェイドを狭く固そうなソファに寝かせ、図々しくベッドを占領するなど出来るわけがない。

「それなら…あなたと一緒がいいです。二人でベッドで眠りたいです」

不意に抱き締められ、ジェイドの暖かな体温を感じた。
アルコールで火照っていたはずの身体が、酔いざめと共に冷えていたのだと判る。
懐かしく、心地好いぬくもり。
凍らせた心の奥まで暖めてくれるような、優しい抱擁…

「お酒が入っているあなたに何かしようなんて思っていません。こうして抱き締めるしか、いまのオレには出来ませんけれど…今夜だけではなく、これからもずっとあなたと一緒がいいです。オレにはあなたが必要です」

「まだそんなことを言うのか、おまえは」

「オレの独立を認めて下さったなら、自分の道は自分で決めてもいいはずですよね?」

それは先刻までの柔らかな口調と違い、やけに大人びた男の声だった。

「レーラァ…答えて下さい」

返事を待つジェイドの不安げな碧の瞳。この目に俺は昔から弱い。

「そのおまえの道とやらを勝手に決めた俺を、恨んでいないのか?」

「恨むなんて……離れていた間も心は変わらずあなたの傍に置いたままでした。いつか会えたら、もう一度あなたと共に歩こうとオレは決めていました。今度はオレがあなたを導きたい…なんて、生意気でしょうか?」

ああ、とても生意気だ。だがそんなおまえだからこそ、愛しくてならない。
もう答えはひとつしかなかった。

「ベッドへ行こう、ジェイド。少し眠って、明日からのことは…そうだな、朝食の後にゆっくり話そう」

ジェイドは瞳を輝かせ、何度も頷いた。


隙間なく抱き合い、一夜眠れば、空白の月日はすぐにも埋まるだろう。


ジェイド
俺がおまえに与えてやれるものは
もう愛情だけしか残っていないが
それでも良いと言ってくれたなら
この街で、もう一度
おまえと生きよう


ジェイドの腕の中、眠りに落ちる瞬間に「幻影」が手を振り、遠ざかっていくのが見えた。



………END………

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