冥王星にさよなら

□どうしようもない
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「よのは、起きているかい」
シンドバッドの声にビクリと身体が揺れた。夜も更ける頃、こんな時間に誰かが訪ねて来たのは初めてだった。
寝台から飛び降り、急いで戸を開ければそこには何と言えない顔をしているシンドバッドが立っていた。
「シンドバッドさん?」
思いもよらない表情に不安気に声を掛ければ、我に返ったシンドバッドは何時ものように優しく微笑んだ。
「よのは、君に見せたいものがある」
「なんですか」
「ナイショだ。付いて来てくれるか」
悪戯っ子のような笑みを浮かべるシンドバッドに、よのははワクワクを隠せずにいた。何度か、同じ台詞を告げたシンドバッドに様々なものを見せて貰っていた。美しい景色。美しいモノ。
今回もそうだとよのはは勝手に思い、喜んでと告げた。暗闇の中、シンドバッドがどんな表情をしたかなどよのはは知るよしもなかった。

「どこに行くんですか」
シンドバッドの後に続き、よのはは気になったことを告げた。何時もなら、まず何処に行くと目的地を告げてくれるシンドバッドが何も言わずに「こっちだ」と言ってくるだけであった。少し不安を感じたよのははシンドバッドに問う。だが、相変わらずシンドバッドは「こっちだ」と言い笑うだけであった。
─パタパタパタ。
随分、歩いたような気がする。よのはは、額に滲む汗を手で拭った。
よのはの部屋がある城の中心部から随分遠いところまで、来ていたようだった。初めてくる、その部屋は月明かりがよく入り寝台がポツンと置かれいた。
けれど、人の出入りがある部屋ではなかった。
違和感を感じる。
早く帰りたいなと、無意識に思った。
シンドバッドは、寝台に腰を掛け月明かりが入る窓を指指し口を開いた。
「この窓から見る、月は少し特別に見えるんだ」
さぁ、よのはもとシンドバッドが自身の隣にスペースを作り優しく手招いた。
何だ、そう云うことか。
よのはは、先ほどの不安を全く気にしなくなり何の迷いもなくシンドバッドの隣に腰を降ろした。
─ポスン
柔らかな感触に感動しながら、シンドバッドが指差した方を腰を降ろした位置から眺めた。
だが、その窓から見える月は相変わらず先ほど変わりはしなかった。
よのはは、困惑しシンドバッドに問おうと首を捻り喋り掛けた。
「シンドバッドさん、見えませんよ」
「ああ、そうだろう。だが、月明かりに照らされたよのははとても綺麗だ」
シンドバッドは、急にそんなことを告げた。何時ものよのはだったら、照れるなり何なりしたが、今回ばかりは文脈がおかしすぎて照れることを忘れていた。
「シンドバッドさん? 何を言っているんですか?」
もしかしたら、酒を飲んでいるのではないだろうかと云う不安が胸を過る。
そんなよのはとは裏腹にシンドバッドは得意気に笑った。
クスクスクス。クスクスクス。
何時ものシンドバッドの笑い方と全く異なりよのはは嫌悪感が胸に募る。
このシンドバッドの笑い方は、嫌いだなとよのはは思った。
「よのは、よのは。オレは今、君の考えが手にとるようにわかる。君はオレが酒を飲んでいるんじゃないかと思っているね」
「はい」
だってそうだろう、とよのはは思う。自分の目の前にいるシンドバッドは、確実によのはの知るシンドバッドではなかった。
酒でも飲んでいない限り、感じることのない違和感を感じ酷く困惑する。早くこの状況が終わることを願った。
「ザンネン。オレはシンドバッドだよ、」
─よのは
ぞわり。ぞわり、ぞわり。
ムカムカする。何故だかわからないが気分が悪い。
気分の悪さが喉まで来ている、よのはを気にせずシンドバッドは更に口を開いた。
「よのは、」
シンドバッドに呼ばれた名が、自分の名を呼んでいるように思えなかった。
シンドバッドは、自分の名をこんな風に呼ばないとよのはには確信があった。こんな、熱を孕んだ呼び方はしない。もっと、優しく呼んでくれいた。「よのは」と。風に流れるように、呼んでくれた。呼ばれる度に嬉しかった。
目の前の人物がシンドバッドではないように思え、早くこの場を逃れたかった。
「オレが怖いかい」
優しく問うシンドバッドは、よのはが知っているシンドバッドであった。
怖いかと聞かれれば、怖い。しかし、それよりもよのはが知っているシンドバッドの存在が揺るがなかった。
きっと、何か理由がある筈だとよのはは意を決して思いを言葉にする。
「怖い、です。でも、シンドバッドさんはシンドバッドさんです。だから、だいじょうぶ、」
です、と最後まで言いきることが出来なかった。言葉を全て言い終える前に、シンドバッドに手首を捕まれ押し倒された。
状況が飲み込めなく、目を見開くことしか出来ないよのはにシンドバッドは妖艶に笑った。
「よのは」
また熱を孕んだ声で名を呼ぶ。手首を頭上でがっちりと捕まれ、シンドバッドがよのはの上に覆い被さった。片手でよのはの手首を掴み、もう片手で身体を支えてている。逃れれようと思っても、力の差が歴然過ぎて手も足も出なかった。
「シッ、シンドバッドさん」
震えた声で名を呼べば、シンドバッドは嬉しそうに微笑んだ。
「そんなに緊張しなくてもいいさ」
覆い被さったシンドバッドは、よのはと距離を急激に縮めゼロにした。
口と口が合わる。
身体に電気が走ったような気がした。
それは、一瞬で終わるかと思えばよのはの口内をシンドバッドが侵食し出す。口を無理やりにでも閉じようとするが、シンドバッドの方が上手過ぎて防ぎきれなかった。上手く舌を使い、口内を侵食する感触が気持ち悪く吐き気がしそうだった。唇の味を確かめるように。口内の味を確かめるかのように。唇を舌でなぞり、歯をなぞり、最後に舌を絡め合わせる。
身体をずらそうとしても、びくともしない。
段々、息が苦しくなってくる。
「うっ、うっ、」
お願いだから、と願いながら小さなうめき声を上げる。微かな声にシンドバッドは気づいてくれたようで、口をゆっくりと離してくれた。
「ハアハア」
息が荒い。口から新鮮な空気が吸えた。冷たい空気が、身体を落ち着かせくれる。
キスは、こんなにも気持ち悪いものだったろうかとよのはは考えた。覚えのあるキスは、優しいものしかなかった。
「こんなの、違う。もっと、優しいものです」
よのはは、思ったままに言葉を繋ぐ。
よのはの言葉にシンドバッドがビクリと揺れた。
「初めてじゃないのか。残念だな」
何が。口にしたくとも出来ずにいると、シンドバッドは、わざとらしく自らの唇を舌で舐めた。
「だが、うまいな」
それが何を指す、うまいなのかよのはには理解出来なかった。
出来ることなら、よのははもう止めて欲しかった。誰かに助けて欲しかった。
じわり。目尻に涙が溜まる。
「もう、やめてください」
「誘ってるのか」
よのはの必死の悲願をシンドバッドは自分の良いように受け止めた。耳元で囁くその声に、身体全身が痺れたような気がした。
「かわいいな」
そう呟き、シンドバッドの顔がよのはに近づく。
怖くなり、ぎゅと目を瞑れば思っていたものは来なかった。一瞬の安堵もつかの間、シンドバッドがよのはの首筋にキスをした。何度も、何度。
口から変な声を出すまいと堪えていると、シンドバッドはキスをしながら喋り出した。
「声を出しても構わないよ」
「いっ、いやです、」
「誰にも聞こえはしないよ。大声でよのはが叫んでも、誰の耳には届かないさ」
「えっ」
「この部屋は、そう云う為に造られた部屋だからさ」
得意気に微笑むシンドバッドをよのはは死にそうな顔で見ていた。
つまり、ここは行為をする為の部屋。
そう理解した瞬間、よのはは声を上げて泣き出した。
「助けてください。やめてください。どうしてこんなことを。しんどばっとさん、しんどばっとさん」
どう訴えても、シンドバッドはやめることをしなかった。
空いていたシンドバッドの手がよのはの衣服の間をすり抜け肌へ行き着いた。身体中に戦慄が走る。
シンドバッドは、本気だと。肌へ行き着いたシンドバッドの手のは、よのはの無防備な胸を優しく撫でる。まるで、ボール遊びをしているかのように。けれど、優しく。
頭がクラクラし出す。
この場に流されてしまいそうになるのを、よのはは必死に絶える。頭では、ジャーファルさん助けて、ジャーファル助けてと何度も唱えた。届きはしないとわかっていながら、この現実を少しでも紛らわそうとして。
それが、致命的な行動を招くとも知らずに。
「よのは、よのは」
シンドバッドの行為は、更にエスカレートしだした。
感覚が麻痺し出したのかはわからないが、シンドバッドのする行為に気持ち良さを感じて来ている自分によのははポロリと溢してしまった。頭の中の声を。
「じゃーふぁる、さん」
まるで、幼い子どものように。よのはは自分が何を言ったのか理解出来なかった。シンドバッドの顔を見るまでは。
「あっ」
どこか虚ろげに呟くよのはを気にせずシンドバッドの顔は憎悪が増していった。
「よのはは悪い子だな」
シンドバッドは憎悪と快楽が入り交じった顔をしていた。懐から、小さな小瓶を取りだし自らの口にん含む。少しシンドバッドの喉が揺れた気がした。
自分もこれを飲まされるのだろうと、よのははぼんやりそう思った。
甘い液体が口に入り、喉を通る。
甘かった。ただ、甘かった。
「時期に、楽になる」
よのはの口から溢れた液体を優しく拭い、シンドバッドはそう言った。
とても、悲しそうな顔をしていた。


**


朝。目を開けた瞬間、よのはを襲ったのは激しい痛みと気持ち悪さだった。
何だ、これは。
酒を飲みすぎても、こんなことにはなったこはなかった。よのはは、一体自分の身体に何があったのか理解出来なかった。
─コンコン
「よのは、入るぞ」
シンドバッドが、不安気な顔で部屋に入ってくる。その顔は、よのはを案じている顔であった。
「大丈夫かい」
「あの、私は一体」
思い出そうとも、昨日の夜の記憶がすっぽりと抜けていて、思い出そうとも出来なかった。
シンドバッドは、優しくよのはの頬に触れる。
ぞわり。
寒気が身体を走った。
「よのは」
「はい、」
「君は昨日、廊下で倒れていたんだ。随分、体調を崩していたようだったから、心配でね。オレがついていたんだよ」
「ご迷惑をおかけしました」
起き上がることすら、儘ならない身体に驚きを隠せずにいると、シンドバッドは陽気に笑った。
「無理をしない方がいい」
「ありがとうございます」
未だに、シンドバッドはよのはの頬を触っていた。やけに熱を孕むその仕草によのはは違和感を覚える。
「シンドバッドさん」
「なんだい」
「私の頬で遊ばないで下さい」
「…すまない。そうだ、よのは」
「はい」
「今日は星を見にいかないか」
この身体でですか、とよのはが言えばオレが抱えていくよと優しくシンドバッドは告げた。
「…、ありがとうございます。ですが、体調が戻ってからにしたいと思います。」
よのはがそう言えば、シンドバッドはわかったと頷きまたくると声をかけこの場を後にした。
戸を開け、バタリと閉めた。
シンドバッドは、己がどんな顔をしているのか気にもせず、口にした。
「悪い子だな、よのは。今夜も、お仕置きだ」
そこに王などいなく、いたのは、ただの独占欲にまみれた男だった。


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