冥王星にさよなら

□やめて馬鹿みたい
1ページ/1ページ


シンドバッドの口から容易く溢れる言葉が、よのははあまり好きではなかった。

「よのは、今日も可愛いな」

何の躊躇いもなく、シンドバッドの口から発せられる言葉に対し、よのはは一つため息を吐いた。

「いつもと変わりませんよ」

「だが、オレには昨日より可愛く見えるが」

こうやって何の恥ずかしげもなくポロポロと溢すシンドバッドに、よのはは照れるわけでもなく微笑みながら言葉を返す。

「そう思うのは、シンドバッドさんだけですよ」

すると、シンドバッドは「そうか」と嬉しそうに笑って頷くだけであった。
何でもないやり取りになってしまっているが、始めの頃は何も言うことが出来なかった。
恥ずかしいやら、照れるやら、言われ馴れていないその言葉に一喜一憂した。
よのはは、自身の容姿を普通だと評価しているし周りも何か特別なことがない限り「可愛い」とは滅多なことでは言わなかった。
それがよのはの当たり前だった。
しかし、シンドバッドが口から出す言葉はよのはの当たり前を壊していった。
「可愛い、可愛い」とシンドバッドはことあるごとにその言葉をよのはに向けた。
どう反応するのが、正しいのかわからなくよのはは誤魔化したり照れたりした。たが、言われる度に嬉しかったのは確かである。
たがある日、それが違うとよのはは悟った。
早朝、まだ周りが寝静まった頃。よのはは、やけに早く起きてしまい城内をブラブラと散歩していた。
すると、少し離れた場所を黒髪の綺麗な女性が悠然と歩いているのが目に入る。黒髪を揺らしながら普通に歩いていると云うのに、妖艶に見えた。
これが、「美しい」と云うとこかとよのはは染々思った。

「ジャーファルさん、今日は朝から素敵な人を見ました」

よのはが喋れば、ジャーファルはどんな時も笑顔だと云うのにその時だけは違っていた。よのはが早朝見た光景を詳しく喋れば喋るほどジャーファルの顔を曇っていった。
最初、なんのことか理解は出来なかったがその時ばかりは勘が冴えていたようで「その女性」が一体、誰なのかわかってしまった。

「流石、シンドバッドさんですね」

笑って告げれば、ジャーファルは困った顔をした。
よのはは、自分がふった話題だけに少し居心地の悪さを感じたがでもやっぱりなと思っていた。
シンドバッド相手の女性なら、あれほど美しくないと。隣に並んだ、2人はさぞお似合いだなと思っていると偶然、シンドバッドと鉢合わせた。
ジャーファルはタイミングの悪い、という顔をしていたがよのはは相変わらず笑っていた。

「やぁ、よのは。今日も可愛いな」


──あれ?


何時もなら、照れるなり焦るなりした言葉に対し何も感じることがなかった。
自分自身の反応の無さに、よのはは驚く。
何故、だろうと。

「よのは?」

シンドバッドも、不思議がりよのはの名を呼んだ。名を呼ばれたことに対しては、素直に嬉しいと感じる。
シンドバッドに、「可愛い」と言われ何も思わない自分に驚き、今朝の女性のことが頭を過る。

──ああ、そうか

自分は、単純だと思う。
言葉を真っ直ぐに受け止め過ぎだ。
自分に向ける、「可愛い」が幼子を慈しむ「可愛い」だと今になって気づいたのだ。
恥ずかしい。恥ずかしい。なんて、恥ずかしい。
「可愛い」を異性のそれとはき違えていた自分が恥ずかしくて堪らない。

「やめて下さい。シンドバッドさんは、お世辞が上手ですね」

何でもないように、口から流れるように出た言葉に何よりも自分自身が酷く傷ついたことをよのはは自覚していなかった。


企画
せんきゅー れでぃ より



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ