冥王星にさよなら

□こいをしている。
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その人物を目の前にすると一瞬、思考が停止する。
何故なのかはシンドバッド自身、理解出来ない。けれど、それが恐怖などの負の感情ではないと云うことは確かであった。
相手にだって嫌われているわけではない。寧ろ、好かれている…筈である。
なのに、思考が停止する。
一瞬、息が止まる。
どうしたものか、と頭を捻る。
今だって離れた場所で、その人物を見つけた。相手は、シンドバッドに気づいていないようで読書に夢中なようである。
以前までのシンドバッドなら、何を思うわけでなく陽気に声を掛けていた。
やぁ元気かいと何でもないように。だが、それが今は行動に移せずにいた。
喉に言葉が引っ掛かり、上手く言葉が出てこない。
シンドバッドがこれまで、生きていきてそんなことはなかった。初めて経験するそれにどう対処したらよいかわからなくなる。
声を掛けようとした人物が本を閉じ、何に対してかわからないが幸福そうに笑った。
ゴクリ、息を飲む。
心臓が五月蝿い。
声を掛けよう、と息を飲むと相手はシンドバッドに気づき声を上げた。

「シンドバッドさん、おはようございます」

そうだった、自分は恋をしていたのだ。愛していたのだ。
それが、当たり前のようにシンドバッドの胸に存在している所為か時々忘れてしまう。

「よのは、おはよう」

告げれば胸に甘い気持ちが広がった。



**



何でもないように、よのはの隣に腰を降ろし何でもない会話をする。
端から見たら何でもないような光景だが、シンドバッドは気が気ではなかった。
以前の自分がよのはにどう接していたのかわからなくなる。どう名を呼んでいただろうか。どう会話をしていただろうか。どうよのはと向き合っていたのか。
その時は、当たり前のように出来ていたそれが今は出来ない。
今のシンドバッドは、以前のシンドバッドとは違う。
よのはと接するときの自分の仕草、一つ一つにこのどうしようもない独りよがりな気持ちを込めていないか不安になる。
時たま、よのはの名を呼ぶことすら嫌になる。無意識に孕むその熱に。

「よのは」

「はい、なんですか」

溶けてしまいそうな笑顔を自分に向けるよのは。
その笑顔を独占してしまいたい、と叶わぬ欲望がシンドバッドを支配する。

─よのは、オレも男なんだよ

きっと、そう告げるだけでよのははシンドバッドの思いに気づくだろうと思う。
たが、まだそれはしたくはなかった。
絶対的な信頼をよのはは、シンドバッドに寄せている。
今は、それだけで十分だった。何かあれば、まずは自分に助けを求めてくれるだけで十分だった。

ゆっくり、ときが過ぎればいいと、強く思った。


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