オリジナル短編小説

□玄関先の鏡は赤の爪と赤のパンプスを残像として残して
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鼻の奥が、ほら、つんとした。
ブラウン色の家具で暗く彩られた部屋は橙の淡い光で照らされ部屋の中心部にいる人物の影を色濃く床に映し出し妖しく揺らめいている。
女からよくする香水の匂いとシンナーの匂いが混ざった甘ったるくしかし何処かつんとする匂いが部屋中に充満している。

「憂鬱ね」
 
女はそう呟いた。 
その声は悲しそうで、でも少し嬉々とした、何かを待っているようなものも孕んでいるようにも思える。
女は一度手元でしている作業を中断し視線を他へと投げた。目線の先にあるものは今まで大して気にも留めていなかった時計だ。先ほどまでは鼓膜ですらその時計が刻む小さな音を気にしていなかったのに、一度見て確認すれば秒針の小さな音は耳で五月蝿く木霊する。
その音を少し鬱陶しいと思いながらもまた作業を再開させた。
液をつけて塗ってまた液をつけて塗る。まるで輪廻のようだ。同じことを繰り返しする行為は飽きやすいものだがこの後の事を考えればそんなこと心底どうでもよかった。
早く終われと、でもその作業を時間省略のために雑に終わらせることもせずに綺麗に完璧にしあげる。
一つ終わる。また、終わる。その分シンナーの匂いは部屋に充満していくが匂いは最初ほど酷くはない。きっと鼻が麻痺してきたんだろう。
嗚呼、もう終わる。
何故かシンナーの匂いが今までより増して濃く匂ってきた気がした。




玄関先の鏡は赤の爪と赤のパンプスを残像として残して






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