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「おかえりエレン」
扉を開けると、幼馴染のミカサが迎えてくれた。
「寒かっただろ?何か淹れようか?」
奥からアルミンがインクで薄汚れた顔を覗かせる。
ふたりは忙しい中、土曜のこの時間を許してくれている優しい友人たちだ。
「どうだった?」
温かいココアを手渡され、仕事机に戻る。
「ん?…いつも通り。デモテープ渡してきちゃった」
「いいんじゃない?兵長が歌ってくれたら、ディターさん泣いちゃうんじゃないかな」
「歌ってくれたら、報告しないとなあ」
俺たちは物心ついた時から過去の記憶を持ち、同じように記憶を持つ人を探していた。
アルミンの発案で4年前から記憶をもとにした漫画を描き始め、ありがたいことに春から全世界でアニメ放送されるまでになった。
小学生の持ち込んだへたくそな絵を無下にせず見てくれたのはなんとモブリットさんで、さらに驚くことに班長だったハンジさんと編集長のエルヴィンさんの押しもあり連載が決まった。
モブリットさんは記憶がなかったようだけど2人はしっかり記憶を持っていて、当時の計画の内容だとか巨人の細部だとか、いろいろアドバイスをくれる。
学生をしながらの連載は大変ではあったけど、ファンレターに交じって過去を懐かしむ手紙が届くのが楽しみだった。
ディターさんも連絡をくれたうちの一人で、アニメ化の話をしたらどこかで使ってほしいと詩をくれたのだ。
たまに非公式のオフ会を開いてはいろいろな人と思い出話に花を咲かし、それをもとにスピンオフを書いてもらったりもした。
いつか兵長にも会えるかもしれないと、みんなでその日を待ちわびたけど、誰も会えていないようだった。
そんな中、ある日偶然に、本当に偶然にその声を耳にした。
似た声の人ならこれまでに何度も会った。
そもそも当時歌声なんて聞いたことがない。
どんな歌を、どんな風に歌うかなんて俺は知らない。
走って、ギターを抱える後姿を見つけて、回り込むようにして顔を確認する。
────ああ。
ようやく見つけた。
見つかったのもだけど、何よりうれしかったのは。
こんな、こんなやさしいうたを、こうして穏やかに歌える日々を過ごしてこられたのだということ。
俺への反応や歌っている様子から、兵長に記憶がないのはすぐにわかった。
あの残酷で殺伐とした日々を思い出してほしくはないけれど、俺個人の立場としては少し物悲しい。
俺は兵長を見つけたこと、記憶がない様子であることをすぐにみんなに報告した。
みんな各々でこっそり聞きに行っていたみたいだけど、今の俺の状況や過去の俺たちの関係を知る人はみな、土曜のあの時間を避けてくれているようだった。
おかげで俺は、毎週ちょっとしたデート気分を味わえている。
「アルミン、奪還作戦の流れは整理できたか?」
「うん。みんなからの情報でだいぶまとまったよ。あとはどう見せるかだけど…」
「この辺から少しづつ明かしてくんだろ?」
「そのつもり」
ストーリー構成やネーム、他分野とのすり合わせはアルミンの担当。
作画やキャラクターデザインは俺とミカサが担当している。
はじめは俺の方がうまかったのに、扉絵の構図もカラーも今やミカサの方がうまい。
生きる時代や内容が変わってもこの有様っていうのは…腹立つよなあ。
俺は途中になっていた原稿に向き直ると、慎重にペンを走らせた。
当時感じていた思いだとか考えだとか、そういうものを乗せて描いていくと、現生でも燻っていた憤りが消化されていくようだった。
仲間探しという点だけでなく、この方法に行きつけて今では心から感謝している。
物語はどこまでも残酷で、いつか兵長との別れを描くのだとしても。