リヴァエレ本

□やさしいうた2 リヴァエレ 
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「部長、週末が近づくといつもそわそわしてますよね。彼女ですか?」
部下のからかい交じりの言葉に、思わず眉間にしわが寄る。
「はあ?」

脳裏に控え目な笑顔が浮かんだ。
別に、そんなんじゃない。
ただあいつが毎週あほみたいに曲を聴きにくるのが、少しうれしい気がするだけだ。




やさしいうた




週3回、特に土曜は早めに帰宅してすぐに私服に着替え、夕飯を食べる。
さっさと食器を片付け、かっちり目の深緑のモッズコートを羽織り、ケースを担いでいつもの場所へ向かう。
下手に職場の連中の帰宅時間と被って見られるのも嫌だし、何か腹に入れてからでないと凍えるからな。
定位置に着くと軽くチューニングし、指をならすために適当に弾いていく。

あまりの寒さに耐えかねて夏の曲を弾いていると、エレンが傍らにやってきた。
無言で会釈をして、横に座る。
俺も目で返答をしてそのまま続けた。


「すごい…キレーな曲です…」
一曲弾き終わると、惚けた顔で声をかけてくる。
押尾コータローの『あの夏の白い雲』だ。季節感ゼロだがな。冬は寒いから好きじゃねえ」
「はは。俺はけっこう好きですよ。吐く息の白いのとか、つないだ手の温かさとか」
「冬が寒くてほんとによかったってやつか」
「え?」
「そういう歌があるんだよ。まあずいぶん前の曲だが」

そう言いイントロを奏で、歌いはじめる。
こいつが気に入りそうな気がして歌い始めたが、結末を思い出して途中でやめた。

「なんだかかわいい、やさしい歌ですね」
「…まあ、そうだな」

何となく沈黙を重く感じて、話題を変える。
「この前のリクエストな、まだ完成度が低いから少し時間もらえるか」
「もちろん!そんなすぐにできるとは思ってませんよ、慌てずでけっこうですから」
「…完成したら聞かせてやる。今日のところは、ヒーローつながりで弾いてやるからそれ聞いておけ」
音をもう一度確かめ、今度もまた静かなイントロを奏でる。

ギターリフは単純だが印象的な、いわゆる愛の歌だ。
こいつはあまり英語が得意ではないようだから、歌詞に気を回さず歌える。

「Enrique Iglesiasの『HERO』だ。まあたぶん聞いたことはねえだろうが」
「期待を裏切れずすみません」
苦笑いを返すそいつの知ってそうなのを、と思い起こし、今度は一転してストロークを効かせた曲を弾いた。
愛が世界を救うなんてことはない、人任せにして無心に信じるだけが正解かを問う歌。

「映画のスパイダーマンの曲だが、聞いたことはないか」
「はい、これは聞いたことあります!」
「!…そうか。2つのバンドボーカルのコラボなんだが、Nickelbackは渋くてマジでいいぞ。少し前だと『photograph』とかな。ちょっと震える。聞くか?」
「ぜひww」

そうやって調子に乗って歌ってはみたものの、あの渋さは表現できなかった。
「チッ…俺の声じゃどうもな…」
「今度、ほんもの聞いときます!」
「そうしておけ」

思わずといった印象でエレンが顔をほころばせた。
花開くようなとか、周りを明るくさせるようなとはこういうのを言うのだろう。
見慣れない顔を見たせいか、不覚にもどきりとした。
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