リヴァエレ本

□やさしいうた5 リヴァエレ 
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『リヴァイさんのおかげで調子いいです。
さ来週の土曜が締切なので、次会うとき、またあれをお願いしてもいいですか?』
「まかせろ」
なんならそれ以上だっていい。

携帯の画面に並ぶ文字をたどりながら、俺の手の中でふにゃりと笑うエレンを想像してはベッドの上で身悶えた。
三十ウン歳、もうすぐまた一つ歳を重ねる予定の俺は、慣れない感覚に戸惑うばかりだ。



やさしいうた



あんな壮絶な経験を経てなおまっすぐな視線と柔らかな笑顔。
一方で涙もろくもあり、儚げな泣き顔は心底こいつを守ってやりたいと思わせる。
すぐ赤くなる顔や、駆け寄ってくるときのうれしそうな感じにも心をくすぐられる。

先週はなかなか現れないエレンに、避けられたかもう会えないのかとやきもきし、男どもに囲まれているエレンを見たときには、昏くどす黒い嫉妬を感じた。
かつて『兵長』と恋仲だったと肯定されたときは、その幸せそうな笑顔に胸が引き絞られるほど苦しくなった。

俺はもう、疑いようもなくエレンに惚れていた。


一方で、現実のエレンとは別に、あれから俺は毎晩のように『兵長』とエレンの情事を見せつけられてもいた。
とんだ被虐趣味だと思うが、数日のうちに俺は途中で飛び起きるのをやめた。

時には局部だけを露出させて、時にはその伸びやかな肢体をあらわにして上に乗っては恥ずかしそうに腰を振り、机に体を預けて後ろから犯され、陰茎を咥えては顔に精子を受ける。
エレンの痴態は自分の心を抉ることになっても目をそらせないほど、魅力的なものだった。


せめて俺の名を呼んでくれればと思ったところで叶わないのは、きっとこれが『兵長』としての記憶で、夢ではないからなんだろう。

どのくらいの期間そういう関係だったのかは知れない。
だが、記憶の中のエレンの様子や毎回バリエーションが異なることを思えば、少なくとも両手両足使っても足りない数をこなしてきたんだろう。

あんな、いつ失うともしれぬ日々なら、時間の許す限り抱き合うに違いない。
俺がその立場ならきっとそうする。
あんな、過分な期待と重責を背負わされた二人なら、お互いの存在がどれほどの支えになっていたか。

俺はそんな経験一つしたことがない、ただのごくふつうの男でしかなかった。



「だいぶ疲れてそうだが、大丈夫なのか」
その日あらわれたエレンの、疲労の色濃い目元に思わず手をやり瞼を擦る。
「来週締切なので。今月は前倒しの進行でいつもよりばたついてますが、この時間は俺のご褒美みたいなものですから」

そんな多忙な時期に来てくれたのかという思いと、会えてうれしく思う気持ちと、こいつのために何かしてやりたい思いが駆け巡る。
「そうか…なら疲れが取れそうなのにするか?」
「お任せします」 

ふわりと柔らかく笑うエレンをみとめて、俺は頭の中でいくつか候補をはじき出す。
カポを挟んでキーを整え、Amから始まる旋律を紡ぎだした。


「すげーきれいな曲ですね…」
「だろう。有名なピアノ曲だが、もともとはギター曲として予定されてたやつだ。この作曲家の曲は、ギターの奏法の影響かピアノん中の弦弾いたりと独特でおもしろい」
「へええ。楽器の枠組みを超えて楽しめるって、なんかいいですね」

「他にもピアノ曲で何かあります?」
「今の時期で優しい曲っていうと、これとかか?」
そう言って戦場のメリークリスマスのテーマを奏でる。
「映画の曲として有名なやつだが…これも知ってそうにねえな」
横目で反応を伺えば、はは…と苦笑いが返ってきた。


「まあいい。てめえこれが好きってものはねえのか。スポーツとかか?」
「うーん…これといって特に…体動かすのは好きなんですけど、怪我してもいけないのであえて自分からやろうとは思わないですね」
「おまえ…一つのことに集中するのもいいが、たまには他のことにも目をむけろ」

小さく苦笑しながらすみませんと謝るエレンに、俺は何となしに…聞こえるように呟いた。

「映画にでも行くか」
「え…っ」
「もうすぐ締切なんだろう?終わった後くらい休みねえのか」
「いえ!えと、来週末締切を過ぎた後は細かい作業だけで年末年始お休み、です」

「今時期だと…」
それなら誘っても大丈夫かと携帯で検索するが、あまりぱっとしたものはない。
路線を変えるかと舌打ちしたくなったところで、気になっていた作品を見つけた。

「お」
「いいのありましたか?」
「ミュージカルがもとになってる映画だ。話題になってるらしいが…たぶんてめえが好きそうなのじゃねえぞ」
「いえ、リヴァイさんの好きなものは何でも知りたいですから。映画。うれしいです!」

少し頬を染め、俺をまっすぐ見つめるその瞳に、思わず期待してしまいそうになる。


「…ミュージカル映画で一つ思い出した。一曲歌っていいか」
視線を外して問えば、隣から元気な返答が戻ってきた。
「もちろん!」
もともとアップテンポに作られたその曲を、柔らかく優しく奏でていく。

英語がわからないといっても、簡単な単語くらいはわかるだろう。
それくらいの割合で、あふれるこの思いが伝わればいいと思った。
少しでも、あいつの幻影じゃなく俺を見ればいいと。



歌い終え、伏せていた眼をエレンへと流す。
エレンはほんのりと頬を赤く染め、ぼんやりと俺を見ていた。

「キスしていいか」
「え、……と、うとつ、ですね…」
「これはキスをねだる歌なんだよ」

さらに言えば、おまえを守りたい、恋人になってってやつだ。

どうなんだと視線で問えば、エレンは首筋まで赤く染め、潤んだ瞳が軽く伏せられていった。
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