リヴァエレ本

□そのケーキが固くなるまで待って リヴァエレ♀
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明るい光を感じて目を開ければ、裸で隣に横たわり、日の光に溶け込み微笑むエレンがいた。
「おはようございます兵長。誕生日、おめでとうございます」
そうして寝起きの俺の唇に軽くキスを落とす。
無邪気な顔のそいつを懲らしめたくなって、手を伸ばしたところで今度こそ本当に目が覚めた。
もちろんシーツには一人分の温もりしかなく、そこに誰かがいた痕跡もない。
幸せな夢のあとの虚しさだけが残り、俺は無償にエレンに会いたくなった。


世間がクリスマスだなんだと騒ぎ立てるせいで、別段気にも留めていない自分の誕生日であることに気づかされる。
たった一人、祝ってもらえさえすればいいのにそれも叶わない、そんな日に気づいたところでどうしろというのか。

あのあと、俺がエレンのもとを訪れることはなかった。
今エレンが今生で過ごしているということを示すものは、週一回の調査報告、それだけだ。
困っていることはないか、俺のせいで苦しめたりはしていないか、それだけを調査対象とした。
毎週同封される新たな写真には、翳りのない幸せそうな笑顔が映っている。
それが現実だった。
いつも通り仕事に出て、いつも通り家路をたどる。
事情を知るエルヴィンやハンジたちが飲みに誘ってくれはしたが、そんな気分になれず断った。
街を歩く2人連れや家族が行きかう中、思わず立ち止まり空を仰ぐ。
人の群れは俺一人止まったところで問題なく流れていく。
いつだったか2人で眺めた星たちは、イルミネーションの光にさえぎられて見えない。
暗い空に、寒さに、吐く息が白く染まった。


カシュ、という軽い音をさせプルを立てる。
一口含めば、コーヒーの通った箇所がじんわりと温もった。
結局俺はそのまま家に帰ることができず、エレンのマンションの前に来ていた。
目の前の小さな公園のベンチに腰かけ、このコーヒーを飲み干すまでと自分に言い聞かせて、エレンのいる部屋を見上げる。
あの暖かな部屋の中で、家族三人幸せなクリスマスを過ごしているんだろう。
何かの偶然でエレンに会えたりしないものかと来てはみたが、こんなストーカーまがいのことをすれば会えたところで気持ち悪がられるだけだ。
自嘲し、すぐに立ち去れと思うのに腰を上げられずにいた。
声が聴ければ、遠目に一目顔を見られればいい。
手の中のコーヒーは最後の一口を残したまま、ずいぶん前に冷え切っていた。


「兵長」
呼び声にびくりと肩を震わせる。
「…エレン」
顔を上げて声のする方を見やると、近くの歩道にエレンがいた。
痛ましいものを見るような目を向けてくる。
「…悪かったな。安心しろ、すぐに帰る」
大方、こんなところでじっとしていて不審者と思われたか、変な噂が立つとかだろう。
立ち上がりそう伝えれば、エレンの肩の力が抜けたのがわかった。
冷えたコーヒーを飲み干し、傍らのくずかごに放る。
両手をコートのポケットにしまい、もう一度エレンを見やって、低い柵越しに少しの間視線を絡めた。
思わず眉が寄ってしまうのを止められず、踵を返して公園から出る。
充分だ。
追い払うためとはいえ、姿も見えた。声も聴けた。
もう充分だ。
こんな惨めな、苦しいだけの想いは。


そうして数歩進んだところで、こちらに足を踏み出す音が聞こえて振り返った。
「…そこのコンビニに、用があるんです」
「…そうか」
俺は再び前に向き直り、気づかれない程度に、先ほどより少しだけ歩調を弱めて歩いた。
「この間は、悪かったな」
それだけを言うと、少し離れた後ろから「いいえ」と返ってくる。
それ以外に会話はなく、ただ二人黙々と歩いた。
変な期待も、息苦しさもなく、ただ背後の存在が心地よい、そんな静かな夜だった。

「少し待っていてください」
駐車場の塀にもたれて出てくるのを待つ。
ややもしてエレンは二つのコンビニ袋を提げて戻り、そのうちの一つを俺に突き出した。
「どうぞ」
ずいと目の前に突き出されたコンビニ袋に眉をしかめる。
「こんなものしか渡せませんが、ケーキです。…誕生日、おめでとうございます」
「…ああ…」
受け取ろうと手を伸ばし、ふわりと緩むその顔が、光に滲むその輪郭が、朝の夢とダブって思考を鈍らせた。
思わず泣きそうになり、袋を受け取ったその手でぐいと引き寄せ、抱きしめる。
「へい…っ」
腕の中に閉じ込めて、隙間なく体を触れ合わせ、耳元に吹き込んだ。
「好きだ、…エレン」
「…っ!」

いつ失うかもしれないあの日々で、この腕の中の存在を大切に思わない日はなかった。
何度も死線をくぐりぬけ、折り合いをつけたようでボロボロだった心を救われた。
今も。
たった一言で俺の心を震わせる。

硬く抱きしめたその腕の中で、エレンが身をこわばらせたのを感じ取り腕を離した。
「……悪い、忘れてくれ」
視界の端に赤くなった耳を隠す姿が映ったが、その目を見ることはできなかった。
振り切るように踵を返し、家路を急ぐ。

このケーキはきっと食えないだろう。
明日も明後日も、冷蔵庫の中で眠り続ける。
そうして固くなったら、貯めていた写真とこの想いとともに捨ててしまえばいい。
手に入らないのなら、困らせるくらいなら、そうするべきだ。
早くその日が来ることを願った。



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