リヴァエレ本

□やさしいうた7 リヴァエレ
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情事のあと、そいつはしどけなく眠るエレンの髪を愛おしそうに梳いた。
エレンはむずかるように身をすくませ、その手に額をすり寄せる。
2人の間に、満ち足りた時間が流れていた。

俺はそいつの代わりか。そいつ以上にはなれないか。
『兵長』の生まれ変わりとしてでなく、俺個人を意識してほしいと願うのはやはり無理な話か。

あきらめるつもりは毛頭ないが、せめて。
おまえが全てを書き終えた時、目的を失ってどこへ向かえばわからくなった時に、行く先が数多あることを指し示せる存在になれればいい、そう思った。



やさしいうた 最終話



『ジーンズやラフすぎる服装はNG。あとは適当でいい』
それだけ告げて当日待ち合わせの場所に向かうと、ダークスーツを着込みコートを腕にかけたエレンがいた。
しかもそれはどれも丈の合ったもので、きちんと自分用にあつらえたものだと知れる。

こちらはジャケットにチノパンという少々ラフな格好だ。
高校生じゃスーツもジャケットも持ってねえだろと気を回したつもりだったが、なるほど仕事用か。
いらぬ気遣いだったな。

改めて見直すと、前を見つめるその姿はスーツがよく似合っており、精悍さを際立てていた。
「似合うな」
「あ…ありがとうございます。普段着ることはあまりないので、ちょっと慣れませんが」
はにかむその顔はそのままで、一気に幼い印象になる。

「タイは直前まで締めなくていい。なくてもいいくらいだ、緩めておけ」
「助かります」
エレンは伏し目がちに手をやり、ぐいとタイを緩めると、一番上のボタンも外して小さく息をついた。
そのしぐさ、ゆるめた喉元に危うげな色気を覚え、やっぱり締めとけと結び目を引き上げた。



映画までまだ少し時間があり、散策でもするかとモール内を2人でぶらついていると、ざわつくホールに小さな歌声が響いた。
傍らのエレンがそれに顔を上げどこからの声かと見回したところで、後ろから突然肩を組まれて飛び上がる。

「ひ…っ!」
その声にとっさに反応して男の腕を取ると、その男は訴えかけるように歌い始めた。
聞き覚えのあるフレーズに思わず目を剥く。
ちらりと辺りへ視線を送り、どういう状況か理解した。


…なるほど、いい趣向だな。
掴んでいた手を離すとその男はにこりと微笑み、傍らのエレンにも目を送って大きくうなずくと、そのまま踊るように前に進んでいった。

「???」
エレンは状況がつかめず、俺とその男を何度も交互に見やる。
すぐにわかると視線で答えると、後ろから前から上階から、次々に響きだす歌声に辺りが騒然とし始めた。

隣にいた一般客が、店の制服を着ているスタッフが、突然歌い出し役者に変わり。
側にいた者の手を取り、軽いハグを交わし、拳を高らかに突き上げる。
芝居がかった所作で周りを巻き込みながら、その世界に誘導していく。


突然のフラッシュモブに当惑する者、目を輝かせる者、反応はさまざまだったが、まるでミュージカルの舞台に入り込むかのようなその趣向に、皆一様に表情が明るくなっていく。
エレンもどうにか状況を理解したようだが、次にどこから誰が歌い始めるかわからず、さっきから視線がせわしない。

私服を着た役者たちがモール中央のホールに集い始め旗を振り行進を始めると、一般客たちも徐々にその中に交じっていった。
エレンが膨らんでいく群衆に目を輝かせ時折俺に笑いかけるのを、和やかな気持ちで見つめる。

「え、え?」
そのうちコーラスを歌う仕掛け人に手を引かれ、エレンが群衆の中に巻き込まれた。
「うわ、ちょっとっ」
突然のことに驚きながらも興奮を隠せないエレンに、俺は楽しんでこいと目で合図を送った。

傍観を決め込むはずが、俺自身も背を押されて群衆の中に巻き込まれる。
「おい…」
凄んではみたがひるむ様子もない。
それどころかからかうように鼻先をちょいとやられて途方に暮れた。
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