エレリ本

□氷のような姫君の心も 第一幕 エレリ♀
1ページ/1ページ


私には秘密が隠されている
私の名前を知るものは誰もいない
貴方にそっと口づけて打ち明けよう
日の光が眩しく照らすその頃に



氷のような姫君の心も



また一つ、尊い命が失われゆく。
我が娘の出す3つの謎かけに答えられた者は一人としておらず、これまで幾度となく罪のない王子が斬首台に送られるのを見届けてきた。
この国ではもう世継ぎが生まれることはないだろう。
愛を知らぬ、知ろうとも思わぬ悲しい娘は、この先一人で孤独に生きて果てるのか。
王族であるが故、婚姻と恋慕は異なるものであることが多いが、先立つ親として娘の行く末が明るいものであるようにと、ずっと案じてきた。
望みを捨てまいと今日まで手を尽くしたが、それも終わりにしなければなるまい。
重い冠を戴くその男は、玉座に深く腰掛け沈痛な面持ちで息を吐いた。
あとほんの一刻ほどで準備が完了する。
眼下の広場には大勢の群衆が集まっていた。

「なんだこの人だかり…誰か処刑でもされるみたいだな」
人込みをかき分け前に進もうとするのは、まだうら若き青年である。
精悍な顔立ちに、黄金色に輝く瞳が印象的なその青年の名はエレン。
戦に敗れた亡国の王子であった。
難を逃れ一人この地にたどりついたばかりで、この先をどう生きるべきか決めあぐねていた。
さらに流れるか、この地にとどまるか。
この身に何ができうるのか。
自分の身の上すらも覚束ない状況では、他人の処刑など興味もないが、人の集まるところには情報が入る。
この国がどういった性質を持ち、どこに金が流れ、誰が権力を持つのか。
情報は時に力となり、糧となるのだ。
また、処刑の行われる場所が宮殿の近くであることも、エレンには足を向けるに能う理由の一つだった。
おそらく今から裁かれるのは王族への反逆者か地位の高い者だ。
でなければ宮殿近くを血で穢したりなどしない。
王族もその様子を見に訪れるであろう。
王政のしかれるこの国で、民衆の王族への忠誠と治世を知るに最も都合の良い機会であった。

そんな折、ざわつく通りの一角で人垣が崩れた。
この人出だ、人ごみに押されて倒れる者もいるだろう。
助けを求める悲痛な声が聞こえ、エレンはそちらに足を向けた。
人の隙間から覗きこむと、そこには老いて盲いた父王がいた。

「父上!生きてたのか!」
慌ててかけより、声をかけると怒号が返ってくる。
「父上って呼ぶな!!なんっで俺がてめえの親父にならなきゃなんねーんだよ!」
てめえの親父呼んでやらせりゃいいじゃねーか!とがなっているのは、目つきの悪いところがそっくりの父王ジャンだ。
てめえの助けなんざいらねえと手を振り払う父王を諌めつつ、側にいた者とともに身を起こさせ、道の端へ移動する。
「ジャンがエレンと一番似てるからだと思う」
「「似てねえよ!!」」
「私だってこの配役には納得していない…」
父王の側に付き従っていたのは、宮殿にいた頃の奴隷だった。
「おい、おまえらいい加減メタ発言やめろよ…話前に進まねえだろ?」
「わかった…悪かった、もうしない」
しゅんとなる奴隷とは対極に、父王はどこか悔しそうに顔を歪めて再会を祝う。
「はあぁ…てっきりおっ死んだと思ったのに、てめえもしぶといな」
「はは、父上!俺もまた会えるだなんて思ってもみなかったよ。盲いた目でよくぞ…それで、この者は?」
「スルーかよ!…まあいい。こいつは宮殿で逃げ遅れた俺の手を引いて助けてくれたんだ。ここに至るまで、食べ物や寝床の面倒までみてくれた。お前も宮殿で見かけたことくらいあるだろう?ミカサだ」
父王に紹介されその者をじっと見つめるが、大勢いた奴隷の一人など知るわけがない。
顔にも名前にも覚えはなかった。
奴隷であったのなら虐げられるばかりだったろうに、なぜ父上を助けたのだろうか。
亡国の王を匿ったとしても、追われるだけで何一ついいことなどない。
「なぜ父上を?」
そう尋ねれば、それまで目を伏せていたミカサが首元のマフラーをそっと撫で、頬を染めて答えた。
「王子。それはかつてあなたが、このマフラーを巻いてくれたから…」
そういえば昔、寒さに凍える奴隷の子供に分け与えたような気がしないでもない。
「そうか…ありがとな」
己のした気まぐれな施しが、巡り巡って父王との再会につながっていたことが少し誇らしくもあった。
「…俺としてはミカサと二人っきりでいられた方がよかったけどなぁ」
「ジャン、黙って」

そうして父王とここまでの道のりがどうであったかを話しているうちに、わあっといっそう広場が騒がしくなった。
「処刑が始まるみたいだ。民の顔を見る限り、罪人ではないようだが…少し様子を見てくる。父上たちはここにいてくれるか」
そう言って斬首台の見える位置へと向かう。
「ああ、優しそうな王子だったのに」
「この方もダメだったか…」
「姫様はご結婚なさる気はきっと毛頭ないのだよ」
さわさわと漏れ聞こえる話によれば、冷酷な姫が、婚約を申し出た他国の王子を殺そうとしているという。
それはいったいどんな気狂い姫だ。
しかもその王子はそれを承知で申し出たというので、どこの小国かと思ったが、出てきた名前は遠く離れた祖国でも聞き覚えのある大国の名だった。
しかもこの光景は一度や二度でなく、もう30回近く繰り返していると聞いて驚いた。
それほどまでに美しい姫なのか、そうまでして得るべき豊かで治世の優れた国なのか。
そう考えたところで、王族の来着を告げる鐘が広場に鳴り響いた。

顔を上げ目を凝らすと、斬首台を見下ろせる位置に設けられた台座に、がっしりした体躯の勇ましい王が現れた。
王は痛ましい表情を隠そうともせず、斬首台に跪く王子に視線を送ると右の拳を胸にあてる。
するとどうだろう。
一糸乱れることなく、老いも若きもすべての民が同じ姿勢を取り始めた。
これは、この国の追悼の意を表すものなのか?
それとも王への忠誠を誓うものか。
この動作にどういった意図があるかは知れないが、王と民が一つになっているかのような光景は、自国どころかこれまで訪れたどの国においてもついぞ見たことがなかった。
王を見上げる民の顔は、新王の誕生が叶わなかったことを悲しみ、失い逝く王子への悼みを王と共有するものであった。
なんと、素晴らしい王であることか。

それではこの国の憂いは気狂い姫一人ということか、そう考えていると、王の隣に並び立つように一人の女性がすいと現れた。
辺りが静寂に包まれる。
王が姿を現してから広場は充分に静かなものではあったが、周囲の音が一切しなくなったのは、王子自身の感覚の問題だけでなく、その神々しいまでの美しさに人々が呑まれたからであろう。
つややかな黒髪に白磁の肌、冷ややかに見下ろす切れ長の目元には薄い青で彩色が施され、整った鼻梁の下の小さな紅を際立たせている。
ドレープの効いた細見のドレスを身にまとい、まるで豹を思わせるようなしなやかな体躯のラインを露わにしていた。
姫は斬首台の方をちらりと一瞥しただけで、ドレスを翻し去っていく。
その姿が見えなくなってたっぷり2分が経過したのち、広場はようやく動きを取り戻した。

美しい。
見惚れた。
まさに女神だった。
造形だけでなく、その所作まで。
わずかな邂逅だけで、これほどまでに欲しいと思わせる女性に出会ったのは初めてのことだった。
聞けば、王族のものでなければ求婚することすらできないらしい。
エレンは歓喜した。
この場にいる誰よりもその資格を有していることを。
そして悟った。
この場にいる誰もがあの理不尽で冷徹な姫をも敬い、この王政の継続を望んでいることを。

「名乗りを上げる。俺はあの姫を手に入れて、この国の王になる」
処刑が終わり、人々が通常の生活に戻り始めた頃。
エレンは父王のもとに戻るやいなや、その熱い決意を吐露した。
「はあ?!バカかてめえは、さっき見ただろ。申し出たが最後、打ち首にあうだけだ。せっかく永らえた命をどぶに捨てる気か!この死に急ぎ野郎が!」
「エ…王子……何を、言ってるの…」
ミカサの脳裏に、打ち首にされるエレンの姿が浮かび、目の前が真っ暗になった。
父王が反対するであろうことはエレン自身もよくわかっていた。
どうにか理解してもらおうと言葉を紡ぐ。
「姫の出す謎を解けばいいんだ、ただそれだけで全てを手にすることができる。この国は治世も優れている。学ぶべきことも多いだろう。他国に流れるよりも、ここにとどまるべきだ」
「んっとにてめえはアホだな!そんな勝てる見込みのない博打売ってどーすんだ。そんなことより日銭稼いで慎ましく暮らすとか、追っ手の来ないところで余生を穏やかに過ごせる方が俺には大事だね。姫のわがままにつきあって命を落とすなんざバカのすることだ。ちったあ頭冷やせこのどアホが!」
睨み合い、今にも取っ組み合いのけんかになりそうなところへ、横槍を入れる人物がいた。

「お前どっかの国の王子かぁ?やめとけやめとけ、また死人が増えるだけだってな」
「姫様とはいえ、服をぬがせりゃただの人。肉の塊さ」
「そうですよ!同じ肉ならおいしく食べれる豚さんの方がぜったいいいのに。殺される危険もないですし。ねえ?」
「…誰だてめえらは」
軽い調子の3人組は、この国の大臣。
それぞれコニー、アルミン、サシャと名乗った。
「は〜あ、全く馬鹿げてますよ!3回の謎かけに命1個賭けるなんて!」
「俺たち姫様がまだほんの小さい頃からここで大臣してっけど、今まで誰も1つも当ててねえかんな」
「キミも見たところあまりとんちが効くようには見えないし、やめといた方がいいんじゃないかな?僕らの仕事が増えるだけだし」
3人組はエレンたちの周りをくるくる回り、これでもかと言わんばかりに責めたててくる。
「おい、お前ら生き生きしすぎだろ!俺もこっちの役の方がしっくりくるんじゃねえか?性にあってるっつーかさー」
「ジャン、メタ発言禁止」

「まあ勧めるつもりは毛頭ないけど、一応これも仕事だから伝えとくよ。もし本当に申し出るのなら、姫様の名を3回呼び、この銅鑼を3回打ち鳴らすといい。それが合図だ」
そう言って大臣は広場に置かれた大きな銅鑼を指さした。
「ただし、一度合図を送れば待ては聞かないからな」
「こっちは婚礼と葬式の準備を同時にしなきゃなんで、やるなら覚悟決めてからにしてくださいよ!」
「やるからには意思を曲げるつもりはないさ。───かの姫の名は?」
そう問えば、3人は畏怖と崇敬の念を込めてその名を呼んだ。
「「「リヴァイ様」」」

「結論は急がず、一晩かけて考えるといい。お連れさんは納得してないようだしね。それじゃあまた、死に急ぎ野郎さん」
そう言って去っていく大臣たちを見送った後、エレンは再び父王に向き直った。
父王は3人組との掛け合いで落ち着いたのか、とつとつと語っり始める。
「まあ別にお前が殺されようが野垂れ死のうが、俺はどーでもいいけどな。歳くってて目も見えねえ俺を放って先に逝くとか、ちょっと親不孝なんじゃねえの」
静かに語られる内容にぐっと言葉が詰まる。
100パーセント勝てる見込みはなく、親不孝だと言われてしまえば否定などできるはずがなかった。

「ミカサもほら、言ってやれよ」
「ジャンは別にどうでもいいけど、あなたに会えなくなるなんて耐えられない」
「えっ!…おいミカサ、そこちょっと違うんじゃないか?」
「違わない、これで合ってる」
エレンは残されるかもしれない父王を思い、ミカサに託すしかなかった。
「ミカサ聞いてくれ。父上はおそらく明日、たった一人になるだろう」
「おいそのまま進めるんじゃねえよ」
「だから頼む。どうか父上を見捨てないでやってくれないか」
「あなたがいなくなったら私の生きる意味もなくなる。ジャンのことだって知らない」
「頼むよミカサ、これまでどおり父上を守って放浪の旅を続けてくれ」
エレンはミカサの細い肩を掴み、このとおりだと頭を下げた。
幼少の頃からずっと密やかにエレンのことだけを想って生きてきた。
奴隷に生まれついたこの身では、エレンに触れることも触れられることも許されず、さらには人として扱われることすらあろうはずがなかったのに。
今、そのエレンから縋るように請われ、頼りにされている。
「……っ!」
掴まれた肩が熱い。
はいと言ってしまいたい。
そうすれば、エレンは私がこれまで目にしたこともない笑顔を見せてくれるだろう。
もしかしたら、感動のあまり抱きしめてもらえるかも。
手を握ってもらえるかもしれない。
でもそんなことをすれば、この暖かな存在を永遠に失うことになるのだ。
返事はできなか…
「おい、聞けよ!二人だけで話進めんな!泣いちまうだろーがっ」
「うっせーなージャン、きれいに繋げたんだから文句言うなって。だいたい原作こんな感じだろ?」
ジャン、次に邪魔したら削ぐ。
ミカサは心の中で半身半刀を引き抜いていた。


3人の話はまとまらないまま夜が明け、昨日の3人組が姿を見せた。
「さあ、腹は決まったのか?斧の鉄さびになるか?それともやめて穏やかに暮らすか?」
「姫様の名を3回、銅鑼を3回で確定だ。さあどうする、死に急ぎ野郎!」
「姫様の名は覚えているでしょうね」
父王とミカサが悲痛な面持ちで見守る中、エレンは差し出された撥を手に銅鑼に向かった。
「ああ、覚えているさ!リヴァイ、リヴァイ!…リヴァイ!!!」

そうして力いっぱい銅鑼を叩く。
3つ目の音が広場に響き渡った時、わあと歓声とも悲鳴ともつかない声が上がった。
「仕方ねえな、準備してやるよ!てめえの婚礼と葬儀の準備をな!」
3人組は慌ただしくその場を後にし、広場に残る人々は突如現れたエレンに騒然となる。
ミカサはがっくりと肩を落とし、父王は一気に老け込んだようだった。
銅鑼の前で一人意気揚々とするエレンのもとを離れるように、2人はゆっくりと去っていく。
「え、あれ??ミカサ、手は?引いてくれなきゃ俺歩けないんだけど…」
「ジャン、あなたは別に目が見えないわけではないでしょう。不要」
「あ、ちょっ…待てよミカサ!」
ゆっくりと去って行った。



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ