エレリ本

□氷のような姫君の心も 第二幕 エレリ♀
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夜明けの光が輝くとき
貴方の唇にだけ伝えましょう
私の口づけがきっと沈黙を解くだろう
貴方を私のものにさせる
夜よ退け 星よ沈め
夜明けとともに私が勝つのだから




氷のような姫君の心も




今年に入って通算13回目となるその準備はもはや3人の大臣にとっては手慣れたもので、宮殿中の使用人にきびきびと指示して回り、その翌日の夕にはすべてを整えていた。
国中に知らせも出しており、定刻になれば国中の者が集うだろう。
一仕事終えた3人は続きの間に足を入れたところでふにゃりと姿勢を崩した。
「はぁ〜もうへとへとですよ…おなかも減りました」
「だな〜…ってオイ!そりゃ婚礼用のご馳走じゃねえか!戻してこい!!」
サシャが懐から取り出したのはメインとなる七面鳥の丸焼きだった。
「大丈夫ですよ、少しくらいわかりませんって。だいたいあの王子が答えられなきゃ全部無駄になっちゃうんですからね、もったいないじゃないですかぁ」
「だからって先に食うやつがあるか!しかもそりゃメインじゃねえかっ」

戻してこい、嫌ですう、そんな問答を繰り広げているうちにサシャは七面鳥にかぶりついた。
もうこの料理は戻せない。
「おまえなあ…仮にも総料理長ならその管理にもっと責任持てよ…」
「嫌でふよ、ほいひいものほ食べうために故郷ほ出たんでふかあ」
「サシャ、食うかしゃべるかどっちかにしなよ?」
呆れたように二人の様子を見ていたアルミンだったが、あまりのいじ汚さに声をかける。
「故郷かぁ…俺も見返してやるために出てきたんだったなあ」
コニーも食われてしまった料理は諦め、故郷へと思いをはせた。
みんなどうしてっかなとのんきに頬杖をつく傍ら、アルミンの表情は険しい。
「せっかく大臣にまでなったのに、このまま血筋が断たれればこの国もおしまいだ。このままじゃ僕たちは能無しの大臣として名を残すことになってしまう」
「だからってなあ…俺たちがあの姫様に物申したところで聞き入れてもらえるとは到底思えねえぞ」
「誰か早く謎を解いて、あの姫の冷え切った心を溶かしてくれればいいんですけどねえ」
3人は今回の挑戦者である王子を思い出す。
サシャは必要以上にでかい金目を、コニーはぼんやりとした輪郭を、アルミンは少し幼くはあるもきちんとした像を結んだが、なぜか背景に駆逐!という文字をしょっていた。
「「「あの死に急ぎ野郎にできるかねえ…」」」

そんな風にため息をついたところで、謎解きの開始を告げるラッパの音が響き渡る。
「まあ思い悩んでいても仕方ないよ、きっとまた一つ死体が増えるだけさ。」
どこか麻痺してしまった3人は一切の感情を表に出さず、エレンを、そして国王を出迎えるのだった。


一方、現れた国王は疲弊していた。
この国の行く末を憂い、王子たちが命を落とすたびに遺憾を覚えてきたのだ。
目の前にこうべを垂れる若き王子を見て、その翳りを深くした。
「そなたも知っての通り、この国には血にまみれた掟が存在する。あの愛を知らない娘の心を癒してくれるなら、こんなうれしいことはない。だが、いたずらにその若い命を散らすことはないだろう。
 私はもう何十人と見送ってきたのだ。これ以上この大地を血に染めたいとは思わない。もしそなたが3つの謎を解けなかったとき、そなたは首を落とされることになる。それでも本当に良いと言えるか」
エレンの脳裏に父王の姿が映る。
わが身を案じ、行く末にどうか幸あれと祈ってくれた父王を。

エレンはすいと顔を上げ、意志の強い金の瞳を向けた。
眼前の国王と並び立つ役人たち、広場に集う民へと高らかに告げる。
「構いません、天子様。私は試練を望みます。この身を賭して、あなた様の姫君とこの国に、愛と栄光を!」
若々しく希望に満ちたその声は、澄んだ空気によく響いた。
未来を感じさせる若者に、その気勢に、広場がどよつく。

「それほどまでに…。ではそなたを運命にゆだねよう。…姫」
国王はエレンの決意に打たれ、背後に控えていた娘を呼んだ。
その呼び声を受け、暗がりからリヴァイが姿を現す。
濃紺に白のラインが映えるタイトなドレスに身を包み、ゆっくりと前に進み出る。
まぶたは銀色に縁どられ、露わになった細い鎖骨を隠すように細い鎖が幾重にも巻かれていた。
その姿は月の女神を体現したかのように美しく、広場が静謐に包まれた。
リヴァイは広場に集う民についと目をやったのち、玉座の側に設けられた椅子の肘掛けをなぞるように触れると、その細い腰を下ろした。
そうしてようやく、眼下に控えるエレンへと目を向ける。
対峙したエレンはこれまでのどの王子より若く、直情的で、浅慮に見えた。

一方、エレンは再び相まみえたことに、その美しい瞳に己が映されていることに打ち震えていた。
昨日はその女神のような美しさに心打たれ、今はどこか妖艶さも加わって一雫も目を離すことなどできない。
切れ長のその瞳に、小さな唇に、細くしなやかな指先に、荘厳で妖艶な所作に心奪われた。
ああ、早く触れたい。
この距離がもどかしい。
その指先に己のそれを絡め、冷ややかな瞳の奥を揺れ動かし、その真っ白な頬に朱をさすのだ。
熱い情熱をその目にたたえ、リヴァイを見つめた。

リヴァイはふと一つ小さく息をこぼすと姿勢を崩し、肘掛けについた手でこめかみを押えた。
自然と流し目の形になり、姿勢が崩されたことで肢体の曲線が際立った。
そうしてこれほどまでに残虐な行為を繰り返す原因となった経緯を語り始めた。


「俺が誰かの下で喘ぐなんざありえねえ。以上だ」


「…リヴァイッ!もっとこう、高尚な理由があったはずだろう」
一瞬で終わった経緯に、隣に座す国王が慌てたように小声で制す。
国民の手前、表情には出さず姿勢も崩さずに諌める姿はさすがであったが。
「んなもん知るか。だいたい俺が女に生まれたこと自体が間違いなんだ。俺は俺のために生きる。俺の心も体も、誰かにくれてやるつもりは毛頭ねえんだよ。なのにどいつもこいつも意味わからねえ御託並べて来やがって」
細い眉をしかめ、まなじりを釣り上げる。
「リヴァイ…ッ!」
お願いだからもうちょっとちゃんとやって、場所が場所なら泣き崩れたかもしれない。
国王の悲痛な願いにも、一瞥をくれただけで主張を変えることはなかった。

「あなた様のように美しい方なら、世の男性は放っておけないでしょう」
リヴァイの暴走に臆することのないエレンは言葉を紡ぐ。
「ふん、てめえもその口なんだろう?エサに群がるハエ共が」
リヴァイィィイ…ッ!
常々ヅラだいや違うと問答を繰りかえされていた国王の頭髪が舞う。
度重なる心労に、大きな円形ハゲがあることは公然の秘密だった。

「ずいぶんとよくしゃべるのですね。…それに少し口も過ぎるようだ」
「気に障ったか?だがこれが俺なんでね。嫌なら荷物まとめてさっさと帰ればいい」
すいとその細い指先で正門を指す。
口汚さと相反して、その所作は誰よりも美しかった。

「いいえ、人形のような女性より、あなたのように己をしっかりお持ちの方が好ましい。それに、あなたの口が俺への愛を紡ぐことを考えるだけで、ぞくぞくしますよ」
うっすらと笑みさえも浮かべるエレンに、リヴァイはいらだちを隠せない。
帰る気もないのなら、さっさと終わらせてゆっくり休みたかった。
「気持ち悪いな…聞いてるだろうが、謎は3つだ。そして俺は一つの死をいただく」
「いいえリヴァイ。3つの謎を解き明かし、私は一つの生を得る!」
強い意志の宿る金の目に、赤々と燃える炎を宿す目に、リヴァイはその表情の乏しい目をほんの少しだけ見開いた。
「チッ…後悔すんじゃねえぞ」



かくして広場に集う民の見守る中、謎かけは始められた。
日も落ちた暗闇には煌々と火が焚かれ、揺らめく炎がリヴァイを照らした。
もう幾度となく繰り返した文言を舌に乗せる。
歌うような声が、しんと静まり返った広場に響いた。

 闇夜に玉虫色の幻が舞っている
 翼を広げては人々のもとにあらわれる
 全ての者が焦がれるものだ
 だがその幻は暁とともに消える 
 心に再び蘇るために 
 夜ごと生まれ朝に死に絶えるもの

「…これは何だ」
一つ目の謎を言い終えて、再びリヴァイはエレンに目を落とした。
エレンは眉根を寄せ考え込んでいる。
この謎を解けた者は一人もいない。
どいつもこいつも見せかけの言葉に騙されるバカ野郎だ。
早くくだらねえ答えを言え。
そしてその目に絶望の色を滲ませればいい。

冷やかに見つめる先で、エレンは紡がれた言葉を反芻していた。
夜に生まれて朝に死ぬ?夢か何かか?しかしどの王子も答えられなかったと聞く。
そうシンプルなものではないだろう。
全ての者に訪れ、すべての者が焦がれる…幻のように掴むことのできないもの。
私の心に蘇るのは…そうか!
エレンは顔を上げ答えを言おうとしたところで、その奥で口パクをする大臣が目に入った。
何だ?いおう?ひよく?
はあ?何言ってっか全然わかんねえっ!

エレンは再びリヴァイへと顔を向け、高らかに言い放った。
「それは希望だ!」
「チッ……正解だ」
広場がどよつく。
悔しそうなリヴァイとは対照的に、エレン…とアルミンは勝ち誇った顔をしていた。
アルミンには正解を導き出す力があった。
たまに見せる優しさもあったが、とりあえずこの場では不要のようだった。
「おい静かにしろ。次だ」
冷めやらない人々の興奮をおさめるように冷ややかな声がかかる。
再び広場に静寂が訪れた。

 炎のごとく揺らめくが炎ではない
 時に激しく乱れ 熱となり炎となる
 無気力はそれを弱らせる 
 死ねば冷たくなり 勝利を夢見れば燃え上がる
 耳を傾ければ揺らめくその声を聴くことができる
 その色は夕暮れの鮮やかさだ

「さあ何だと思う」
玉座で国王が頼むがんばってぇ、とエールを送る。
やはりその奥で口パクを披露するアルミンがいたが、エレンはそちらに視線を送ることはなかった。
炎ではなく燃え上がるもの…勝利を夢見たとき、この胸に熱く滾るのは…!
「血潮だ!」
リヴァイはエレンを睨んだままギリッと奥歯をかむ。
その表情だけで答えは明らかだった。
エレンはぐっと拳を握り、周囲は歓喜した。
「オイうるっせーぞ外野!まだ気は早えだろーが!」
リヴァイはいらだちのままに一喝すると最後の謎かけへと移った。

 火を与える氷
 その火によってなお氷を得る
 純白だが暗い
 自由を望めば隷属される
 隷属を認めれば王となす

言い終え、広場がしんと静まり返る。
「どうした。早く答えろ、答えろグズ野郎」

じりじりと時が過ぎ去る。
誰もが固唾をのんで見守った。
それはアルミンもであったが、決して無視されてへそを曲げたとかそう言う類のものではなかった。
しかしエレンは勝利を確信した。
燃える炎を瞳にたたえ、若々しく朗々と宣言する。
「私の勝利があなたを私に与える。私の火が氷を溶かす!それはあなただ、リヴァイ!」

「…クソッたれ!」
わあっと歓声がこだまする。
「ハハッ!新王の誕生だ!」
「マジかよすっげえじゃん!」
「うひょ〜!今夜はご馳走ですね?!」
大臣たちも喜びを隠せない。

「新王に敬意を!!」
まなじりを決して、国王が声高に叫んだ。
まるで咆哮のような喝采とともに、その場にいるすべての者が右拳を胸にあてた。
そのさなかに立ち、エレンは身震いする。
そしてその構えをとっていないただ一人、リヴァイへと目を向けた。
リヴァイは悔しそうに眉根を寄せ、エレンから視線を逸らす。
「誰がてめえみたいなガキのものになるか!おいエルヴィン、茶番は終わりだ。俺は帰る。」

踵を返して宮殿内に戻ろうとするのを、国王が腕を掴んで止める。
「嘘はいけないね姫。あの者は死の恐怖に耐え、覚悟を決めて謎を解いたのだよ。己の命を賭してまで。覚悟には覚悟を、誠実には誠実で返すべきだ」
そう、教えただろう?
掴む手は決して強い力ではなかったが、リヴァイは国王のその目に弱かった。
「…く…っ」
リヴァイが狼狽えているうちに、大臣によって招かれたエレンが壇上に上がる。
2人は初めて同じ処に立って互いを見た。

間近で見るエレンはリヴァイよりも大きく、始めに感じたより大人の表情をしていた。
揚々とした、それでいて慈しむような両の瞳はリヴァイだけを映していた。
「おいクソガキ、見てんじゃねえよ」
その瞳に映る自分があまりにも情けない顔をしていて、リヴァイは思わず目を伏せる。

女神のようだと称したリヴァイは間近で見ても美しかったが、今はまるでおびえる小鹿のように愛らしかった。
「…リヴァイ」
怖がらせたくはないな。
そう思い、エレンはそっと手を差し出しリヴァイの手を取ろうとした。
「俺に、触るんじゃねえ…だいたい、てめえに呼び捨てにされる謂れもねえ…っ」
国王に腕を掴まれたまま逃げることも叶わず、身をすくませたままそれでも気丈にふるまおうとする。
その姿はまるで身売りされるかのようだった。
俺が望むのはもっと幸せで、暖かなものだ。
こんなじゃない。
エレンは怖がらせないよう、小さく震えるリヴァイの元をゆっくりと離れ、にこりと微笑んだ。

「…ではこうしましょうリヴァイさん。私もあなたに一つ謎かけをします。簡単なことですよ。私の名前を当ててください。この国にいる者は誰も知らない私の名を。
 もしも夜明け前までに言い当てることができたら、その時は潔く死にましょう」

「ああどうか姫様…いえ、陛下!この我らが新王にどうか御慈悲を!」
広場に集うすべての者が、己の右拳を胸にあてて請願する。
荘厳な光景の中、エレンもなぞらえるように拳をあてた。
「どうか、…リヴァイさん」
金の瞳はつとめて優しくリヴァイを映し、言葉はまるで愛をささやくかのようだった。
リヴァイはどこか苦しげに瞳を閉じる。

「…クソがッ…」



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