エレリ本

□エレンのためにできること
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薄暗い部屋の中、鈍く光る画面の前で俺はひとりカチカチとマウスを弄っていた。
よし。
決まった。
今年のエレンの誕生日プレゼントは、ピ――(放送禁止用語)――だ。

値段もまあ悪くないし、今から申し込めば十分間に合うだろう。
フォームに必要事項を書き込んで代引きで注文し、エレンのいる時間と重ならないように配達時刻を指定する。
反応が今から楽しみで、俺はうきうきしながら引き出しを漁った。
必要なお金を引き出すためにと自分用のカードを探すが、あるはずの場所に見つからない。
…?……なぜだ?
あちこちの引き出しを探し回ったが、通帳すらも見当たらなかった。

まずいな。
手持ちの金ではとうてい足りないのだ。
数日後には宅配の人間が伝票ひっさげて来てしまう。
ナイルあたりを脅して金をむしり取ることもできるが、そんな金で買った品を渡したくなかった。
そしてたぶん、泥棒でもない限りカードの行方はエレンだ。
両親が海外に出ている今、俺の行動を見越して兄であるあいつが隠したのだろう。
転生してからこっち、エレンをうまく言いくるめられたことがほとんどない俺は非常にあせった。
とりあえず考えつく箇所を家中あさり、エレン帰宅後はこっそりとかばんや財布の中身も探ってみたがどこにもなかった。

「何してるんですか」
背後からかかる固い声色に冷汗が流れる。
「そんなことする子に育てた覚えはありませんよ」
振り返れば部屋の入り口でタオル片手に腕を組むエレンがいた。
風呂に行ったんじゃなかったのか。
あいかわらずこういうことだけ鼻が効く。

「俺の…通帳とカードがないから、エレンが持ってるんじゃないかと」
「もってますよ。あなたに管理を任せるとろくなことにならないので、俺が保管してます」
やはりか。
「…欲しいものがある」
「必要なものでしたら俺が買いますよ」
「いや、というかもう頼んじまったんだが金が足りない」
視線をゆるりと外してそう伝えれば、エレンはゆっくり近づきながら低く問うた。
「何を買ったんですか」
「…何を買ったんですか」
そのじと目をやめろ。
2度も言わなくていい。

「プレゼントだから言いたくない。…だめか?エレン」
転生した俺の新たなスキルを駆使し、頼りなげに見上げてみたが見事にスルーされた。
言わないなら渡せないと告げられ、渋々PCを立ち上げ注文画面を呼び出す。
…エレンの顔が盛大に引きつった。

「…っリヴァイさん!あなたご自分をいくつだと思ってるんですか」
「……10だが、中身は」
「中身は今どーーーーーでもいいんです。まだ子供であることを自覚してください。いったいどんな顔して受け取るつもりだったんですか!」
まあ…こんな顔だが。
年齢より幼く見えるのは昔も今も変わらず、ちまっとした体が俺の武器であり最大の懸念事項だ。
店では売ってもらえねえからこうして注文をだなと言えば、その場に正座させられて結構な剣幕で叱られた。

とりあえずこれはキャンセルしときます、と操作されていく画面を見て、思わず悲しげな声が漏れる。
「そんな顔したってダメです。この先、あなたが20歳になるまでカードはお預けですからそのつもりで」
はたち…っ!!
「おかしなバイトもしないでくださいよ、見つけたらただじゃおきませんから」
しっかり釘を指すのも忘れず、エレンは今度こそ風呂場へと向かおうとする。
「ま、待てエレン!」
エレンの腰元にひしとしがみつくと、どうにか歩みが止まった。
このまま行かせてはならない。
「悪かった、もうしない。こういうの勝手に頼んだりしない」
だからごめんなさいとこぼせば、一拍置いたのちゆるりと頬を撫でられ顎を取られる。
「…俺はあなたの側で歳を重ねられることが、一番のプレゼントなんですからね」
ちゃんと覚えておいてください、と言い含めるように告げられる。
そのままちうと軽く唇を落とされ、俺はわずかに頬を染めこくりと頷いた。



「…というわけだ、協力しろ」
翌日、俺はナイルの事務所のソファにふんぞり返っていた。
学校帰りに立ち寄ったのだが、ヤニくさい事務所の空気を吸い込む気にはなれず、口元を覆うハンカチはここでの俺の標準装備になっている。
「というわけじゃねえよ」
何の協力だこら惚気にきてんのかてめえとかなんとか、ぶつくさ言うのを左から右に聞き流す。
「だから金のかからない祝い方とやらを教えろっつってんだ。てめえ貧乏だろうが」
「おまえその失礼なとこ、昔から何一つ変わらねーな」
くたびれたビルの一室で企業向けの興信所…とかいうものを構えるナイルの金回りがいいとは到底思えん。
俺は目で見た印象をそのまま語ったまでだ、文句あるか。

「つっても好みなんて知らねえしなあ。よくある俺がプレゼント、とかでいいんじゃねえか?」
そりゃ通常営業だ。
「エレンのシャツ羽織って出迎えるとか」
そんなもんはとうの昔にやってる。
使えねえ野郎だと舌打ちしかかったところで、宴会用の衣装でも使ってコスプレしてみるか、ときて思わず食いついた。
「……そういや前に、俺の体操服姿を喜んでたな」
「おまえ…あまりそういうこと他の人間に言ってやるなよ」
あいつの評判だってあるだろうに、とぼやくナイルを急かせる。
「いいから早くその衣装とやらを持ってこい」
「ほんっとかわいくねえ」
エレン以外のやつになんざ思われたくねえよ。
あと、天然たらしのあいつには少し評判落とすくらいでちょうどいい。
エレンがかっこいいことは俺だけが知ってればいいんだ。

宴会用だぞと前置きされ、いろいろな衣装を見せられた内からいくつか選んでナイルに押しつける。
「当日俺が直接店に取りに行く。クリーニング頼んだ」
「は?!何言ってんだてめ!」
ソファの上に土足で乗り上げ、眉を吊り上げるナイルに凄む。
「俺はこんな誰が着たかもわからねえ、ヤニくせえ服に袖を通す気はねえよ。てめえ発案者だろうが、最後まで自分の言葉に責任持て、このクソ野郎」
その後も何かごちゃごちゃ言っているのを無視してソファから降りると、放り出しておいたランドセルを背負った。
部屋のドアノブに手をかけ、一つ思い出して振り返る。
「あ。あとてめえ、うまいケーキ屋知ってるか」
「俺が知るわけねえだろ」
「チッ…使えねえな」
おまえほんともう帰れ、と追い立てられて事務所を後にした。


そうして下準備を終えた誕生日当日、決算前だからと仕事に出かけるエレンを見送って衣装を取りに行く。
目星をつけておいたケーキ屋にも立ち寄り、特別うまそうなやつを2つ見繕った。
「あとロウソクとこれもつけてくれ。文字は『エレンあいしてる』で」
復唱する店員に頷き、これでいいかと見せられたマジパンに大きく頷いた。
なかなかいい出来だった。

ホクホクしながら自宅に戻り、ケーキを冷蔵庫にしまって持ち帰った衣装をいそいそ着込んでみる。
しかしどれもサイズが大きく、いまいち決まらない。
肩口はずり落ちるし、ウエストもゆるゆるで降りてしまう。
鏡の中にはでろんとした俺が映りこみ、色気とか可愛げとかいうよりもただただ格好悪い。
ああでもないこうでもないとあれこれ試し、最終的に一つの方向性で落ち着いた。

ひとまず衣装を隠して、疲れて帰ってくるであろうエレンのために夕飯の支度に取り掛かる。
火はひとりで使うなと厳命されているから、ひとまず俺にできるところまでだ。
玉ねぎと格闘しながら肉だねを作り、わさびと胡椒にむせびながらポテトサラダを混ぜまくる。
魚介と野菜をぶつ切りにしてオレンジを加えたマリネに。
ポットパン+α用のパン生地をふんふん捏ね上げ、発酵に回した。
一通りの作業を終えてキッチンを片し、エレンが帰ってくるまで掃除に精を出す。

日が傾きかけた頃、鍵を回す音を聞きつけて玄関に走る。
「エレン!おかえり。飯食うか?」
エレンの胸元にダイブすれば、きゅううと抱きしめられて唇を吸われ思考が蕩けた。
「ただいま」
少し疲労の滲む笑顔が大人の色香を放っていて心臓をわしづかみされる。
やばいかっこいい、エレンかっこいい。

ほわほわしながら2人で並んで手を洗い、キッチンで最後の仕上げに入る。
エレンの好きなデミチーズハンバーグに、付け合わせはわさびをほんのりきかせたポテトサラダとオレンジ風味の魚介のマリネ。
既成のだがコーンポタージュの入ったポットパンにバターロールと、メッセージつきのケーキだ。
店で出されるような本格ディナーとは比べ物にならねえが、エレンが顔を綻ばせて食ってくれたからよしとする。
仲良く風呂にも入って髪を乾かしてもらい、エレンが自分のを乾かしている間にこっそりと自室に向かう。
隠しておいた衣装に最速で着替えるも、気配を察知したらしいエレンが足早にやってきた。

「リヴァイさんっあなたまた何かたくらんで…」
「待て、まだ開けるんじゃねえ」
ドア越しに制止するが聞くはずもなく、勢いよく開けられる。
「チッ…しかたねえな。エレン、誕生日プレゼントだ」
前のボタンを一つ飛ばしで留めて、フードをかぶりながら振り返った。

「ど…どうしたんですか、それ…」
「安心しろ、借り物だ」
腰に手をあて答えたそれは黒猫のロンパースだった。

「これなら元手もかかってねえし、エレンも喜ぶだろう?」
耳つきの大きなフードの下から軽く首を傾げて仰ぎ見れば、エレンは緩む口元を隠して答えた。
「はい…すごく。リヴァイさん、こういうのずっと嫌がってたのにどういう風の吹き回しですか?」
「…まあ、気分だな」
とたとたと寄っていって腕を回せばふわりと抱き留められる。
「かわいい。一緒にいられて幸せです、リヴァイさん」
「俺もだ。生まれてきてくれて感謝してる」
エレンは俺の好きな笑顔を滲ませ、頬に額にとキスの雨をよこす。
唇に行きつき何度かついばまれたあと、ふたりんくんくとキスを交わした。

「?この下、何か着てます?」
エレンが閉じきれなかったボタンの合間から違う布地をみとめ、その隙間を広げる。
「え…これ、学ラン????」
「その下も開けてみるか?」
くいと詰襟に指をかければエレンは大きな目をさらに丸くした。

ちなみに下はメイドドレスだ。
さらに下も、その下にも着込んでる。
「…まさかのマトリョーシュカスタイル、ですか」
「誰も猫だけなんて言ってねえだろう?」
口のはしだけで薄く笑って返せば、思わずといった風に破顔された。
そのあとはまあいつも以上にいちゃこら過ごせたので、ほぼ成功と言って差し支えないだろう。
あいしてるぞエレン。   


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