記憶を取り戻せば、何のしがらみもなくおまえを好きだと言えるのだろうか。
例によって夢のあと手の中に吐き出した白濁を眺め、そんなことを考えたりもした。
心の中を、じりじりと焦げつくような感覚に支配される。
こんな考えを持つこと自体が──
「…気持ちわりい…」
呟きは静寂にのまれて消えた。
やさしいうた
週明け、ダメもとで24日か25日に半休の希望を出してみたところ、支障さえなければ両日有給でもいいとの返答だった。
外資系で求められるのは成果であって、クリスマスに有給を取る者も多い。
だからこそ残る者の負担も多く、こんなギリギリに、しかも両日有給可とは思っておらずさすがに驚いた。
その際、不意に明かされた上司の過去にもだ。
「彼と過ごすんだろう?」
「は…、え?」
「実は私もかつて兵団に所属していたんだよ。キミとは時期がずれるから面識はないけれど、あの作品を読んで、キミたちのことを知ったんだ。
この間記憶を持つ者同士のオフ会なるものに参加してね。そこでキミたちのことが噂に。…キミの今の趣味もね」
笑顔で明かされる突然の話に固まっていると、上司はデスクの上で手を組み、さらにその表情を柔らかなものにした。
「みんなキミたちの幸せを願っているよ」
「…申し訳ないのですが、私にはその記憶がありませんので」
どこか苦いものを感じてそう伝えると、笑みが深くなる。
「それも聞いてる。私はこれまで、キミが『リヴァイ兵長』だから評価してきたわけではないよ。あの作品を知ったのは、ごく最近のことだしね。私は今のキミの働きぶりに感謝しているし、部下たちもいたく信頼している。
それに、あの作者の子もまっすぐでいい子だ。今のキミたちを知る者として、私は応援しているんだよ」
今目の前にいる男は、厳しいところはあるが、部下思いの有能な上司だ。
本来であれば同性愛、その上未成年との色恋など、職場として快諾できるものではないだろう。
尊敬する上司から理解を示され、父のような兄のような笑みをよこされて、面映ゆい気にさせられる。
「行先や食事先は決まっているのかい?」
「いえ、まだ特には」
「じゃあこれをキミに贈ろう。もともと妻と行くはずだったんだが、予定が合わなくなってしまってね。
どうしたものかと思っていたんだ。受け取ってもらえるとうれしい」
そうして渡されたのは、24日指定のディナーチケットだった。
「少し早いが、私からのクリスマスプレゼントだ。生演奏もあるらしいから、きっとキミも気に入る」
いろいろ知られているようで、ありがたいよりも先に動揺が走る。
「一度、部下たちの業務状況の確認をとってからにします。いただくのはそれからで」
彼らなら諸手を挙げて送り出してくれるよ、との言葉に、まさか部下たちまで全部知っているのかとヒヤリとしたが、さすがにそれはないようだった。
「部長がお休みされるなら、私も休みます!」
俺も私もと続く部下たちに、自分が出勤する手前、これまで言い出せなかったのかと青くなる。
「すまないな、気を遣わせていた」
「…っ!ちがいますよ?ただ部長がいないんじゃ来ても意味ないっていうだけで…」
「確認作業がいるようなら、半日出勤にするが」
「そ、れは…うれしいですけど…」
ぼそぼそと話す部下が、おいっ!と隣の部下から肘を入れられ押し黙る。
「なんだ、はっきりしゃべれ」
それに対して代わりにと、また別の部下が声をかけた。
「これまで部長がクリスマスにお休みとるなんてなかったんですから、楽しんできてください。大事な人なんでしょう?」
部下たちの見つめる中、俺は柄にもなく、ああと答えるので精いっぱいだった。
そうして勝ち取った連休と24日のチケットを見て、俺はどうやって25日を誘ったもんかと考えていた。
自分の誕生日に自分から誘うとか、客観的にありなのだろうか。
実は今日俺の誕生日で、とか話す自分を想像して、どんなセルフサプライズだそりゃ…とげんなりした。
このチケットが25日だったら何の問題もねえのによお…と罪のないチケットを睨む。
そもそもあいつは俺の生まれた日を知っているのか?
俺は誕生日すらも兵長とやらと同じなのだろうか。
…だとしたらそれこそ誘えねえ。
そしてひとりバカみてえに頭を悩ますのだった。