リヴァエレ本

□やさしいうた6 リヴァエレ
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その週の土曜、俺は仕事が立て込んだせいで帰宅時間が大幅に遅れ、家に寄る間もなくそのまま公園に向かっていた。
遅れる旨はメールで伝えてはいたが、ここまで遅くなるとさすがに近所迷惑だ。

「悪いな、こんな時間だから聴かせてやれない」
「大丈夫ですよ、遅くまでおつかれさまです」
「そっちは無事に終わったのか?」
「おかげさまで。今日出してきました」
あとはちょこちょことした仕事が残っているくらいです、そう言うエレンの顔は疲れがにじむも晴れやかだ。
その目が俺の服装をとらえ、わずかに見開かれる。

「…?なんだ?」
その様子に眉をしかめて問えば、スーツなんですねと返ってきた。
「たりめーだろ。仕事帰りだぞ」
少し走ったせいでコートの前を開けてはいたが、なんてことないスーツに、黒のロングコート、グレーのマフラー。
どこにでもいるサラリーマンの姿だろうが。


「いえ、その…すごくよく似合ってます。かっこいいです…」
…おいエレン、そういうことは頬を染めてこういう場所で言うもんじゃねえ。

じっと見つめてくるエレンをそのまま抱きしめてやりたくなるのを堪え、傍らの木に視線を逸らしてこの後の予定の有無を尋ねた。
何もないとの返答に、じゃあちょっとつきあえ、と家まで歩き、車に乗せる。

「少し走るからな。眠かったら寝とけよ」
「どこへですか?」
「ついてからのお楽しみだ」


HDにぶちこんでおいた曲がランダムに流れる。
そのうちの一曲に、エレンは耳を止めたようだった。

「これは、英語?ですか?」
「どう聞いても違うだろう。台湾のアーティストだな。さすがに歌えはしないが」
「ほんとに多彩なんですね」
聴くのはなんとなく英語圏までなのかと。
そう話すエレンに、俺は深く考えずに返した。
「ばか言え、俺はけっこうなんでも聞く」
「…!」

言いながらなんかどこかで聞いた言葉だなとひっかかり、エレンに目をよこして気づく。
まずった。
あいつとセリフ微妙に被ったんだ。

「…悪い」
「いえ」
苦笑で返すエレンに、苦い思いが満ちる。
あいつの影を払拭してやりたいのに、自分から意識させてどうする。


「おい…おまえのことも聞かせろ。俺がしゃべってばかりだろ」
「俺は、あれが全てですよ」
「今のお前だよ。てめえが高校生で、記憶を元にあの漫画描いてるってことくらいしか知らねえ」
今のと言われても、と少し考えた後、エレンが口にしたのは『近況』だった。
「うーん…最近は、そうですね。アルミンたちとアニメのアフレコ現場にお邪魔しました」

…今のであることに違いはないが。
まあいい。

「アルミン?アフレコ?」
「アルミンは幼馴染で、ミカサっていうのと3人で漫画描いてるんですよ」
「ああ、あの」
キノコ頭と根暗野郎か。

「はい、今も昔も、俺たち縁があるようで」
そう話すエレンからは、にこにこと嬉しそうな様子がうかがえる。
あの作品でも様々な状況を共有した、気の置けない仲間として描かれていた。
そいつらが記憶を持ったまま今も側にいるとするなら、それはエレンにとって幸せなことなんだろうと思う。
俺はこいつに救いがあることに、少しだけ安堵した。

「アフレコは、ええと…声優さんたちが声を入れてくださること、でいいのかな」
「…ほう」
「すごい緊迫感でした…命が吹きこまれる瞬間ってああいうのを言うんですね。皆さん真剣で。決してあの世界にいた方ではないのだけれど、ちゃんと俺たちの世界を表現してくれて。
 伝わってるのが、伝えてくれるのが、…すごく……」

その様子を思い出しているのか、とつとつと語っていた言葉を詰まらせる。
前を向いたままの瞳がゆるりと揺れて見える。
何が言いたいかわかるような気がして、軽く俯いた頭をくしゃりと撫でた。

「いいスタッフに恵まれたな」
「はい!声優さんも、監督さんも、映像作家さんも、みなさん人柄に仕事ぶりにと、とても良い方々ばかりです。子供3人があれこれ言うのを、ちゃんと聞き入れてくださるんですよ。
 伏線の都合とかもあるからいろいろ配慮してもらったり、なにせ実名で書いちゃったものですから、さすがに声まで似せるわけにはいかなくて…役のイメージに合う、なるべく俺たちと似た声にならないようにしてもらって」
エレンは本当に楽しそうに、身振り手振り交えて語る。
運転中でなければ、その様子を眺めていたいくらいだ。

「俺とアルミン、ミカサの役はオーディションで決めていただいたんです。俺役の方の声とかすげえかっこよくて、ちょっと比べられるのが恥ずかしいくらいですよ。
 アルミン役は女性の方になって本人しょげてましたけど、俺的にはありだなって思ってます。ミカサだけは自分で決めちゃったんですよ?あいつに逆らえる奴はいなくて、一存で決定に。
 他の方は監督さんたちで決められたので、リヴァイさん役の方は…まだお会いしてませんが、リヴァイさんより少し高めで、かっこいい声です。どんな風に演ってもらえるのか、今から楽しみなんです」

気分よく聞いていたのに、最後頬を染めやがるのにはついつい眉間にしわが寄った。
声だか雰囲気だが似てるとかで、トンビに油揚げを奪われるのはごめんだ。


「まあ、楽しそうにやってるならよかったよ。もっとせっぱつまった感じなのかと思ってたからな」
自由な時間もなく、ただひたすら目的にのみ邁進してそうな、そんなイメージだった。
「締め切り前とかは、相当ですけどね」
そう言って笑うエレンに、突かれてるなら無理せず寝ろよと声をかけて目的地を急ぐ。
どうせ寝るなら家で休んだ方がいいだろうからな。

一応来る前に一眠りしてきましたよ、と話していたエレンは、ものの10分足らずで寝息を立て始めていた。



「おい、着いたぞ」
目的地に着き、眠りこける体を揺する。
エレンは目をこすり、寝てしまったことに断りを入れながら、ここがどこかを問うた。
幼さの残る寝起き顔を視界におさめながら、俺は自然とやさしくなった声音で伝える。

「出ればわかる」
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