・・・・・・
ドアを開けると、独特の香りとざざ、という音が聞こえ、思わず動きが止まった。
ゆっくりと身を起こし、すでに防潮堤の入り口に立つリヴァイさんのもとに駆け寄る。
「海…ですか?」
「ああ。お前は海が見たかったんだろう?まあもう何度も見てるかもしれんが」
眼前に迫る夜の海に、驚きを隠せない。
どうして、見たかったと?
ああ、漫画で、描いてたからか。
どこか納得しつつ、沸き立つ心は止められなかった。
「いえ。…はじめての海はあなたと見たいと、とっておいたんです…」
すごくうれしいです。ありがとうございます。
顔を見てお礼を言うと、リヴァイさんは憮然とした表情で俺の髪をぐしゃぐしゃにかき回した。
「うわ、何するんですか」
「行くぞ」
腕を引かれ、防潮堤の内側の段になっているところを2人で降りる。
灯りはないが、満月に近い月が煌々と辺りを照らしていて足もとがうっすらと確認できた。
月を仰ぎ、そのまま視線を下ろして海を眺める。
「夜だからあんま見えねえな」
「いえ、においとか波の音とか…月の光が…反射して……」
月が波間を照らして、揺れる光の筋が一本こちらに向かって伸びている。
昏い海が光の加減で濃淡のある青に色づき、海全体がまるで光の洪水みたいにキラキラしている。
その様子があまりにも美しすぎて、声が震えた。
「…キレーですね」
リヴァイさんからの優しげな視線を肌に感じる。
まるで留め置くかのように俺の腕を掴んでいたその手が離れた途端、俺の体はバネみたいに駆け出した。
「あ、おいっ」
残りの段差を飛ぶように駆け下り、柔らかいその場所に着地する。
「砂浜っ!ははっ、すげえ歩きにくい!」
踏みしめる砂の感触がおもしろい。
ざくりと右手で掬って砂の粒を握り、吹きすさぶ風に飛ばした。
波打ち際に走って、寄せる波と戯れる。
「リヴァイさんっ!」
振り返りその名を呼べば、寒さにか縮こまりながらゆっくり歩いてくるリヴァイさんが見えた。
「…はしゃぐな。冬の海だからな。こけたりしたら死ぬほど冷えるわ服が白くなるわでシャレにならん」
「はい!気をつけます!」
そう言葉では言いつつも、この心はすぐには落ち着かないだろう。
俺、あなたと海にきてるんですよ。
ずっと夢見ていた海に。
緩む頬をそのままに、側まで来たリヴァイさんに摺り寄る。
「あっ!リヴァイさん、あの光ってるの何ですか?!」
少し離れたところの波打ちぎわに、一際青く輝く光を認めて顔を上げた。
指を指して振り返れば、リヴァイさんはなぜか中途半端に手を上げていた。
「…おい…」
何か言いたげな様子に首を傾げれば、小さくため息をついた後俺に説明をくれる。
「あれは夜光虫だ。冬場はシーズンじゃねえが、まれに見れる。運が良かったな」
そう言うリヴァイさんの顔は口元に笑みを浮かべていて、俺もうれしくなって額をくっつけた。
「へへっ。…近くに、見に行きましょう!」
俺はリヴァイさんの手をぐいとひっぱって、その光の方へと歩き出す。
後方から、わざとやってんのかてめえ…とかよくわからない呟きが風に乗って届いた。
近くで覗き込むようにして見たヤコウチュウは、ぼんやりと光っては消え、頼りないがきれいだ。
「蛍光ペンみたいな色ですね」
「そりゃどんな表現だ」
「これ、持って帰れたりするんですか?」
アルミンたちに見せてやりたくて、傍らのリヴァイさんに尋ねる。
「さあな、そこまでは知らん。って、おい!」
「わっ冷たッ!」
手のひらに掬おうとして、その水の冷たさに驚きひっこめた。
「ひえぇ…っ」
熱をもって痺れたようにじりじりとなる手を慌てて擦る。
「真冬の海に手え突っ込むとかアホか。せめて写真撮るくらいにしろ」
「…すみません…」
かじかむ手で何枚か写真に残し、とりあえずあっためるぞとその場を後にするリヴァイさんを追った。
自販機で温かい飲み物を買い、冷え切った指先を温めて、ようやく心が落ち着き始める。
「はしゃぎすぎました」
「…まあそんだけ来たかったんだろう」
防潮堤の上に座ったリヴァイさんは始終落ち着き払っていて、今さらながらに自分が恥ずかしい。
「ん」
コーヒーの缶を口にしたままちょいちょいと呼ばれ、促されるままリヴァイさんの前に座る。
そのまま後ろから抱きしめられて固まった。
「リ、リヴァイさんっ!」
「…………っこれ、位置逆のがよくないですか」
「うるせえぞ」
恥ずかしさと、体格差になんとなく居心地の悪いものを感じて声を上げれば、低い声で諭される。
湯たんぽ代わりだ、じっとしてろ。
そう言い含めて抱え込まれれば、俺に抗う術はなかった。