リヴァエレ本

□やさしいうた7 リヴァエレ
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そこに一般客との垣根はなく、群衆は次第に膨れ上がり、たちまち『民衆の一団』へと変わる。
皆彼らとの一体感を楽しみ、役者や仕掛け人に促され、周りに倣って、足を踏みしめ拳を突き上げていく。

要所の一つである決意を新たにする声に、物馴れた者たちから歓声が沸き起こり、あちこちで拳が上がる。
俺の手も取られ、顔をしかめたところで傍らのエレンと手をつながされた。
そのまま満面の笑顔で空へ突き上げるよう促されれば、エレンは照れくさそうに、だが楽しそうに俺の腕ごと高く突き上げた。

その場で行進するかのように足を踏み鳴らし、初めて会うもの同士が笑い合い頷きあって、共にその時を刻む。

喝采を浴びながら締めくくられたそれは、来るべき革命の日、旅立ちの日、愛する人のこと、守るべき人のこと、己の人生など、各々の居場所に立って明日へと思いをはせる歌だった。


まるで嵐のように過ぎ去ったそのほんのわずかな間に、彼らは心に灯をともしていった。
まだ夢の中にいるようなものもいれば、興奮が冷めやらない様子のものもいる。

「リヴァイさん今の何ですかあれ!?すっげえ楽しかったですっ!」
「これから観る映画の中の曲だ。ホントにてめえは運がいいな」
映画のタイアップかなにかだろうが、タイミングが良すぎだ。
エレンはそれを聞き目を輝かせて破顔した。
「楽しみです!映画っ!」



…と言っていたのもつかの間、エレンは映画がはじまり『夢破れて』が入る頃にはすんすん言い始めていた。
俺も画面を見ながら、これはデートに選ぶ映画じゃなかったな…と少し後悔している。

至る所で気づけば泣いてるエレンに、思わずひそりと声をかける。
「大丈夫か?泣きすぎだおまえ」
「だ、大丈夫です。悲しすぎて…」
ぐいぐいとスーツの袖口で目を擦るので、ハンカチを渡してやると眉根を下げて受け取る。
頼むから鼻水はつけてくれるなよ。


その後もエレンは泣いたり目を輝かせたりと、なんだかんだ夢中になって観ているようだった。
その様子に安堵して俺もスクリーンに集中していたのだが、ある時ふとエレンの様子がおかしいことに気がついた。
身をすくめ、はくはくと短い呼吸を繰り返している。
周りに迷惑をかけないようにか、口元を覆う手が細かく震えているのを見て、俺はすぐに気づけなかった自分に舌打ちした。
その手を取り、顔を上げさせる。

「おい、どうした」
大丈夫です、すみません。
苦しげな呼吸にもかかわらず、そう告げようとしやがる。

…症状から見て過換気か。
ちょうどばらばらと人が殺されていくシーンだったから、何かフラッシュバックしたのかもしれない。

俺は周りに断りを入れ、ぐいとエレンをひっぱって抱き留めた。
「大丈夫だ、しゃべらなくていい。目を閉じて、俺と同じペースでゆっくり息しろ。いいな」
肩口に額をつけ、こくこくと頷くエレンの背中を、自分の呼吸のペースに合わせてゆっくりとさする。

はじめはうまくペースに乗れないでいたが、次第に呼吸が穏やかになり、固くこわばっていた体から力もぬけ震えもなくなっていった。
「…ありがとうございます、落ち着きました…」
そう言って身を起こすエレンに、いったん出るかと尋ねたが、返ってきたのは最後まで観たいというものだった。

エレンは周囲と会釈を交わし、再びスクリーンに目を向ける。
その手はずっと俺の手を握ったままだった。



そうして映画が終わり、クレジットロールが流れる段になっても、一向に腰を上げようとしない。
頬に涙の跡を残し、呆けたように画面を見つめるエレンに付き添って、俺は画面ではなくエレンを見ていた。

周りの客が席を立つたびに騒がせたことを詫びたが、皆どこかほほえましげに去っていく。
俺の隣にいた老夫婦に至っては飴までよこす始末だ。
「どうも…」
いったいどういう関係だと思われたんだか。
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