リヴァエレ本

□15歳のフード理論
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鈍色のスプーンが口元に運ばれていくのを、つと目で追う。
視線の先、その人は軽く瞼を伏せ、豆と芋の入った琥珀色のスープを吸い込んでいった。

食事はセックスに似ている、とは誰の言だったか。
がっついて食べるやつはセックスの時もそうする。
早食いのやつは早漏で、食いものに関心が薄いやつは淡白だ、とかなんとか。
曰く、食事の仕方はその人の夜の様子を反映するんだそうだ。
とはいえこれは訓練兵時代に男連中の間で一時期話題に上った程度の代物で、信憑性があるかどうかも怪しい。
あの頃はくだらねえと一蹴していたっていうのに、なんでまた今さら。


向かいに座る兵長は俺の心中など知る由もなく、淡々と食事を続けている。
スープを掬う仕草は丁寧で音を立てることはないし、一度に掬う量が少ないのかスプーンから滴ることもない。
パンもそのまま噛り付くことはなく、一口大にちぎって食べる。
いやに静かで、丁寧だ。

昔はごろつきだったって話だし、団長あたりに矯正されたのかもしれない。
俺みたいな新兵と一緒でも崩すことはないから、体に染みついた食い方なんだろうか。
そうするとあっちの方も変わったりするんだろうか…
頭の中でいろいろ想像してしまって、いたたまれなくなり視線を逸らす。
俺は口の中のパンを咀嚼し、乾いた口内をスープで満たした。



古城に移ってからこっち、兵長と連れ立って本部に寄ったあとにこうして2人で遅めの夕食をとることは少なくない。
兵長は誰かと一緒でないとちゃんと食事をとらない質らしく、来て早々に先輩方から依頼されたのだ。
基本もの静かな兵長とはあまり会話が続かなくて、この時間ははじめ怖くて仕方なかった。
どうにかこの状況にも慣れてきたんだろうとは思うけど、壁外調査を間近に控えるこの時期に不謹慎だろうが。
何考えてんだ俺いい加減にしろ。
そう思うのに、俺は兵長の様子を窺い下世話な思考を巡らせるのをやめられずにいた。

ゆっくりとカップを傾ける姿をちらりと見やって、記憶の中の型と照らし合わせていく。
もともと食へのこだわりがないのか、兵長は味つけや料理の内容について語ることはない。
だが食後の紅茶にはことさら時間をかけ、じっくりと味わって飲むようだった。


兵長が涼しい顔をして誰かを見下ろし、淡々と腰を突き上げていく様がよぎる。
最中は言葉少なく、それこそ甘い言葉のひとつも言わなさそうだ。
食い物に頓着する様子はないから、相手にもこだわらないのかもしれない。

ああでも。
気に入った相手には事後も側にいることを許し、時間をかけて丁寧に抱くのだろう。
その様子をなぜだかリアルに想像できてしまって、俺は慌てて視線を逸らした。


「おいエレン」
「ふわ、はっはい!」
突然の呼びかけに、思わず声が裏返る。
手の中の紅茶が波打ち、カップから零れそうになるのを寸ででこらえる。
「さっきからなんだ気持ちわりい。言いたいことがあるなら溜め込んでねえでさっさと話せ」
「…と、…特に何も…ありません」
冷たい汗がじわり、背筋を流れる。
さすがに食事しながらあんなこと想像してましたなんて言えるわけないし、言ったら言ったで軽蔑されるだろうことは目に見えてる。
最悪、殴られるか蹴られるか。
理不尽な暴力はしない人だということは理解できても、審議所でのあの強烈な痛みはまだ記憶に新しい。

「本当に大したことないです」
「それはお前が決めることじゃない。俺はおまえの管理も任されてんだ、壁外調査前に何かあっちゃ困る」
カタンと小さな音を立てて兵長が席を立つ。
ゆっくりとテーブルを回り、俺のすぐそばで立ち止まった。

逃げ出せる時間はたっぷりあったはずのに、蛇に睨まれた蛙みたいに動けない。
「ついでに言えば、俺はあまり気が長い方じゃないらしい。どういう意味かはわかるな、グズ野郎」

俺を見下ろす眼光は鋭く、ごくりとつばを飲みこむ。
これは…素直に従った方がいいのだろうか。
でも言ったところで…痛みは回避できないんじゃないか?
逸らされることのない視線に竦みあがり、震えそうになる手で持っていたカップをソーサーに戻す。
カチャカチャと無粋な音を立ててどうにか据えると、持ち手からゆっくりと手を離し、兵長へと向き直る。
そうして俺は重い口を開いた。
「く、…訓練兵時代に聞いた、食事の仕方と、……せっ…せい、せい……」

歯切れの悪い俺の物言いに眉間のしわが深くなる。
普段から迫力のある人だけに、見下ろすように凄まれると相当に怖い。
「〰〰〰〰っ!」
俺は意を決して椅子から立ち上がると、直立不動で敬礼した。

「…っ性行為の仕方が、似る、という話を思い出しまして!……食事中に大変失礼な想像してました!申し訳ありませんっ!!」
痛みを覚悟して歯を食いしばり、ぎゅうと目を瞑ってその時を待つ。
けれどいつまで経っても衝撃は訪れない。
代わりに盛大なため息が聞こえてきて、そろりそろりと目を開けた。
「あ、呆れましたよね…」
「まあな。クソでけえ悩みでもあるのかと思っただろうが」
「その…すみません。俺、……兵長に軽蔑されたくないです…」
「どの口が言いやがるてめえ」
「す、すみませんっ」

たぶんものすごく情けない顔をしていたのだろう。
兵長は自分のカップを引き寄せそのまま俺の隣の椅子に腰を下ろすと、テーブルをとんと叩いて俺にも座るよう促してきた。
強張って固くなった体を何とか叱咤させ、カクカクと席に着く。
こんな近くに座るのはそれこそ審議所以来ですげえ緊張する。
しかもあの後だけに。

「まあいい。様子がおかしい理由は分かった。それで?」
「…それで、とは…」
「俺を見てひとりで想像してたんだろう。その話によると俺はどんなセックスするって言うんだ」
「っそれ聞きますか!?」
「好き勝手想像されて黙っていられるのは気分のいいものじゃねえ」
「そうかもしれませんが、…だからって……もうやめましょうよ、この話題…」
自分が撒いた種とは言え、話題が話題だけにいたたまれない。
しおしおと小さくなっていると、視界の端に新たな紅茶を注ぐのが見えた。
「いいじゃねえか。たまにはこういうバカみてえな時間も必要だろう。ずっと気を張っているのも疲れるだろうしな」
そうして何でもないことのように紅茶を傾けていく。


…これはあれか?
兵長なりに気を紛らわせてくれようとしているのだろうか。
怖々と様子をうかがうも、機嫌を損ねている風には見えない…ような気がする。
絶対怒らないでくださいよと念を押してから、俺はかつて話題になった考え方と先の想像とを口にした。
もちろんじっと兵長を見ながら話す度胸はなく、視線はせわしなくなり、徐々に尻すぼみになっていったのだが。
どうにか言い終えてちらりと盗み見ると、兵長は表情一つ変わっていなかった。

「ほう。なかなかに面白い発想だな。まあよく観察したもんだ」
思ったより軽く流されて面食らう。
「ええと…当たってるんですか?」
「どうだかな、相手だけでなく状況にも気分にも左右されるだろ」
俺にもがっつきたい時だってある。
そう言って返した兵長はやはりいつも通りで、正直拍子抜けした。

兵長ってこういう会話ありなんだ…
というか…兵長ってがっつくんだ……
普段の様子からは少しも想像できない。

「あ、もしかして若い時はがつがついく方だった、とかですか?」
「…おいエレン、調子に乗るなよ」
矯正前はそうだったとかならあの話もバカにできないなあと身を乗り出せば、さすがに怒気をはらんだ声が返された。
必死に謝り、取り繕う。
「その…今まで、碌に確かめる術がなくて」
あの兵長と2人で会話してるということ、誰も知らないような話を聞けることが少し誇らしくもあって、できれば続けていたかった。
……や、こんな話題だけどさ。

「勝手は違うだろうが自慰でも傾向はわかると思うけどな。その仮説が正しければ、てめえはそれほど早漏ってこともねえんだろ」
なかなかに直接的な表現な上、白羽の矢が自分に向けられて戸惑う。
「…一応上官の前ですし、かしこまって食べているとこもありますよ」
「何だ早漏か」
違いますよと口を尖らせれば、カップを傾けた指の向こうでわずかに口角が上がった。

「俺もそうだとは考えないのか?部下の手前、変な姿は見せられねえとかな」
「え!それじゃ本当はどんな風に召し上がるんですか」
「ああ?そりゃてめえ、…どっちのことを聞いてやがる」

こくりと一口分の紅茶を飲み下して、メシか体かと問われる。
俺をじっと見るその眼が、なぜだか部屋の空気ごと変わったような気がした。
雰囲気にのまれて、俺はつっかえながら答えていく。
「っそれは、ど、っちもですよ…」
すぐに回答はよこされず、待っている間がやけに長く感じた。



「試してみるか」
意味を図りかねているうちに襟首へとその手が伸び、ぐいと引き寄せられる。
イスから転げ落ちそうになり思わず兵長の服を掴んでしまうが、それを咎められることはなかった。
「…噛むんじゃねえぞ」
言い置いてのち唇がふさがれ、咥内に舌が入り込んできた。
「っん!ぅんんっ、んん゛ーっ!!」
驚き退こうとした俺の後ろ髪を掴んで固定される。
何が起こったのかわからなくて混乱していると、まるで違う生き物みたいに咥内を蹂躙され、唇に軽く歯を立てられた。
角度を変え舌が擦りあわされるたびに唾液が溢れて、ぐちゅぐちゅと水音が響く。
うまく息ができなくて苦しい。
酸素が足りないのか頭がくらくらする。

されるがままになっているとどうやら兵長が立ち上がったらしく、俺に乗り上げるようにして舌を絡めてきた。
いっそう深くなったキスに苦しさを覚え、握りしめた拳で押しやるがびくともしない。
襟首を掴んでいた兵長の指先は首筋をなぞり、胸元をゆっくりと辿って太腿に触れた。
そうして足の付け根に辿りつくと、指先だけでするりと撫で上げた。
そこは生まれて初めての性的なキスに反応していて、触れるか触れないかの柔い刺激に大げさなほど体が跳ねる。

「若いな。もう勃ってやがる」
「…っ!まって、待ってくださいっ」
必死に止めようとするけれど、俺の力ではどうすることもできない。

「知りたかったんだろう?」
唾液に濡れた口元をぐいと拭うしぐさが妙に男くさくて、顔に熱がたまる。
「違っ…だいたいこんなとこ他の誰かに見られたら…っ」
言い訳のしようがない。
だが慌てているのは俺ばかりで兵長に止まるそぶりはなかった。
それどころか指の動きがどんどん煽るようなものになっていく。
「でけえ声出せばまず間違いなくそうなるだろうな」
「そんな…ほ、ほんとにマズイですって…」

形をなぞるように指を這わせて、裏筋をコリコリと弄られる。
先端付近を親指で押えるみたいにされているせいか、他の指が動くたびにぐにぐにされて堪らなかった。
服越しのもどかしい刺激でも、人に触られることに慣れていないそこはあっという間に熱をはらんでいく。
膝頭が震え、椅子の足がコトコトと鳴る。
ともすれば上がりそうになる声を抑えて部屋の外の気配を探るが、与えられる刺激に意識が持っていかれてしまう。
俺は縮こまるみたいに前かがみになり、腕にすがって抱き込んだ。
「ぅあ、…っ、ン……っ、…へ、ちょ…だめ、です…っ」

ふいに襟足を引っ張られ、のけ反ったところを間近で覗き込まれる。
「なあ。さっきの想像とやらは、他のやつにも試してみたのか?」
快感の滲む頭でどうにか言われてる意味を理解し、首を左右に振る。
「この先試す予定はあるのか」
「……あ、っあり…ま、せ…っ」
ほとんど喘ぐみたいに答えれば、再び唇が下りてきた。

「う…ふぅんっ、…んく…っ」
舌を差し込まれて吸い上げられ、唾液が溢れる。
俺のペースに合わせてくれているのか、2度目のキスはどこかやさしい。
請われるままに絡めて返せばいっそう深く重なった。
拙い舌の動きを促すようにくすぐられる。

その間も股間への刺激は止まらず、すりすりと擦られるたび鼻にかかったような声が漏れた。
どうしよう、すげえ気持ちいい。
自分で弄る時なんて比べ物にならない。
このままじゃイってしまう。
下着の中に出してしまう。
それは避けなきゃと思うのに、快感で溶かされた頭と体が言うことを聞いてくれない。

「へい、ちょお…っ、……おれ、も、もぅ!……くぅ、んんーっ」

出る、と思ったときには手が離れていた。
兵長の手でイくなんて絶対ダメだと思っていたのに、いざ直前で刺激がなくなると、ここまで煽っておいてと恨めしく感じてしまう。

くたりと椅子に体を預け、荒い呼吸を何とか落ち着ける。
すいと立ち上がった兵長を見上げて、その唇が開くのをぼんやりと眺めた。

「イメージはつかめたか」
じくじくとした行き場のない熱のせいで思考が定まらない。
答えを返せないでいると、唾液に濡れた唇をなぞられた。
「対てめえ用の食い方だ」

「この先を知りてえなら、てめえの足で俺の部屋に来い」
今日だけ特別に教えてやるよ、そう言って紅茶片手に出ていくのを見送る。
足音が聞こえなくなってからようやく股間へと視線をおろし、まだほてりの残る体をぎゅうと抱き締めた。

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